バスが発車して一時間後、サービスエリアに着く。
「ここで十五分休憩をします。次の休憩は二時間近く先になるので、トイレや軽食や済ませておいてね」
一番先頭座席に座っていた土屋さんが立ち上がり、私たちの方を向いて説明した。
「十時三十五分に点呼取るから、そのつもりで」
土屋さんの隣に座っていた副部長さんは、バインダーに挟んだ紙をめくりながら言う。
皆は短く返事をすると、立ち上がり始めた。隣で騒いでいた天草たちもバスを降りる。
皆、トイレに行ったり軽食を購入したりと各々に行動を始めた。
「月夜、行く?」
私が声をかけると、月夜は頷いた。
外に出ると、爽やかな風が吹いた。太陽が照りつけるが、この場では日差しも心地良い。
今は八月の真夏であるが、山が近いことで暑さはさほど感じない。虹ノ宮がいかに盆地で湿気の多い街か改めて知らされるものだ。
大型のサービスエリアの為、車も人も多い。私たちは時間に間に合うように、トイレへ向かった。
軽食も適当に購入する。
月夜待ちの間に、そういえば先ほど通知が鳴ってたな、とスマホを確認した。
差出人は、土屋さんだった。
「えっ?」
思わず声が出て、慌てて口をふさぐ。不審者のように周囲をキョロキョロしながら、再度スマホを確認した。
『(´・ω・`)』
何故か、その顔文字だけが送られてきていた。
送信時間は、九時五十分。バス乗車時だ。
私の頭の中は、ぐるぐる回る。同時に冷や汗がとめどなく溢れ出す。スマホを持つ手も震え始めた。
土屋さんは部長だから、他の上級生たちとは違い、副部長さんと一番前の席に座っていた。
もしかして。
私たちの話す声がうるさかったのだろうか。迷惑だったのだろうか。睡眠妨害になったのだろうか。
その忠告の為に連絡したとしたら、私は無視したことになる。私は通知音に気づきながらも無視してしまったんだ。
考えれば考えるほど、自責の念に駆られる。そうとしか考えられない。
私は、慌てて返信文を打ち込み始めた。
「空?」
「ひぃっ!」
思わず声が上がる。過剰な反応に我に返ると、目の前には無表情の月夜がいた。
「もうバス戻らないと」
月夜は、キチガイの反応を無視して、言った。
「あ、そ、そうだった。ごめん……」
私は挙動不審に答えると、足早にバスへと向かった。
バスに戻ると、点呼を取る副部長さんと土屋さんが目に入った。車内を見ると、もうほとんど席に着いてる。
私は背筋が伸びる。軽く頭を下げながら畏まった態度で席まで向かう。
土屋さんと目があった。
彼は、私を観察するようにジッと見る。その視線に耐えられなくなり、私は目を泳がした。
「おっせーな。ウンコか?」
香ばしい匂いと共に、デリカシーのないヤジが飛ぶ。
ムッとした表情で顔を向けると、天草は、イカ焼きをムシャムシャ食べていた。隣に座る金城は、窓を見ながら「俺はやめろって言ったんだけど」と弁解した。
「車内で、そんなもの食べるあんたもどうかと思うけど」
「匂いにつられて近づいたら、いつの間にか買っちまってたんだ。ホラーだよな」
あの匂いはズルいって、と天草はぼやく。私は、彼を無視して着席した。
私たちが最後だったようで、バスはすぐに発車した。すでに疲労したのか、車内は出発時より静かだった。
私は、スマホを開く。土屋さんへの返信がまだだった。
『気づかずにすみませんでした。うるさくして申し訳ありません!』
あまり長文も気持ち悪いと思い、短めに簡素に返信した。
肩の荷がおりたようで、小さく息が出る。
だが、一分も経たずに通知音がなった。肩がびくりと飛び跳ねた。
窓を見る月夜に気づかれないように、平然としてスマホを開く。
『別にうるさくないよ。楽しそうだなと思っただけ』
内心安堵した。だが、すぐに違和感に気づく。
楽しそう?
それに、最初の困ったような顔文字。
勝手な憶測だが、土屋さんは、私たちが話しているのが羨ましかった、ということだろうか?
私は、土屋さんの座る席に目をやる。後頭部しか見えないが、土屋さんは、横を向いて副部長さんと話しているようだ。
首を捻る。土屋さんの意図がわからない。
車内は静かで、山道で揺れるバスの音が響く。
隣を見ると、月夜は、頬杖を付きながら目を閉じている。反対側も見ると、天草は口を開けて爆睡していた。
そんな彼らに誘われたように、私も気づけば眠りに落ちた。
***