天文台でのイベント当日。
イベント会場は、大学から五時間ほどかかる山奥にある。だが毎週、天文台での観望会イベントがあり、家族連れが多く参加するレジャー施設でもあった。
今回は、観望会とうちの出し物のコラボという形のイベントだ。
天文部の活動は、基本的に夜なので、一泊二日という形になっていた。
午前に学校に集まり、大型バスで向かった。
夏季休暇中ということもあり、参加できない人もちらほら見られる。
上級生は、後方、一年生は、前の方に座る。私の隣には、月夜が座った。
「なんか、焼けた?」
通路側隣に座った天草を見て、声をかけた。
天草は、「そうか?」と呟きながら、自身の腕を見る。
「まぁ、毎日配達で日にさらされてるからな」
「デリバリー?」
「そうそう」
天草は、指を鳴らす。「他にも、派遣で祭りやイベント補助とかもやってんな」
「働きものだね」
「下宿って、金かかんだぜ」
天草は、肩をすくめる。隣の月夜も、納得するように頷く。
私は、口を歪める。アルバイトはしているものの、実家暮らしでお金の心配をしていない自分が恥ずかしくなった。
「下宿生は、すごいな。俺はまだ考えられないや」
天草の隣に座る金城が、肩をすくめる。
彼は実家通いだと言っていた。同じ仲間がいて内心安堵する。
「銀河は、まだ実家出ねぇのか?」天草は問う。
「実家から通える距離だしね。それにお金も貯めたいし」
学生の特権を利用する、と金城は開き直る。
さらりと正直に打ち明ける彼が爽やかだ。何だか私がちっぽけに思える。
「そういや、これ見てくれよ」
天草は、ふと思い出したようにスマホを取り出した。
それに気づいた金城は、引きつった顔で制する。
「おい、やめとけよ」
「まぁまぁ、夏だからいいだろ」
天草は、ニヤケを隠さぬ表情で肩を竦める。
話題が変わったことに内心ホッとしながら、天草のスマホを覗き込むと、そこにはトンネルの写真が写っていた。
「これって、尾泉市の、トンネル?」
「あぁ。そうだ」
天草は、頷きながら説明する。
「この先に心霊スポットがあるって有名だろ。今じゃ心霊系動画配信者がこぞって訪れる場所になってる。そのせいで、トンネル内に落書きがすげぇことになってたんだが、いつの間にか全部、跡形もなく消えている」
心霊スポットで山に若者が増えた、とのニュースは見たことがあった。
「国が消したのかな」
「国というより、掃除屋だろうな」
観念した様子の金城がぶっきらぼうに答える。
「で、それがどうしたの?」
「あぁ。落書きは消えてたが、ちょっとここ見てくれ」
そう言って天草は写真をアップにする。後ろで金城はやれやれと頭を振っていた。
改めてスマホを覗く。気になったのか、隣の月夜もこちらに顔を向けた。
少しの間は首をかしげていたが、ふと違和感に気づいた。
「…………人影?」
「だろ、人影に見えるよな」
アップにされたところをよく見ると、人影のようなシルエットがあった。
それも外灯の下。影ができるには、あまりにも不自然な位置だ。
「さらに、これも見てくれ」
天草は、写真をスワイプし、トンネルを抜けた先の写真を見せた。
アップにされた草原には、明らかに手のようなものがあった。
「ひっ」
私は、反射的にのけぞった。月夜は、むしろ興味深気に写真を覗き込む。
「やべぇよな。俺も気づいた時は鳥肌立ったぜ」
天草は、愉快そうに言う。
「昨日、友だちとトンネル行ったんだってさ」
やめとけって言ったんだけど、と金城。
「何で、わざわざ」
「心霊スポットって言われてんだろ」
天草は、得意気に言う。
「でも、トンネル抜けても何も起こらねーし、帰るかってなって。一応記念に写真撮ったんだ。ならこれだぜ。とんでもねー土産もらっちまったもんだ」
「幽霊は、いたわけだ」
「シャイなヤツだぜ」
天草は満更でもなさそうに首を振る。私は眉間にシワを寄せる。
「供養、したほうがいいんじゃない?」
「話のネタにし終わった後な」
その間に事故にあったら焼香は上げてくれ、と不謹慎なことを言う。
「供養、したほうが良い」
低く、冷静な声が響く。熱気の籠ったバス内にキンと冷えた空気が差し込んだようだ。
私と天草と金城は、声の出何処に顔を向けると、月夜は、じっと写真を見ていた。
「この写真から、強い怨念を感じるわ。できれば、明日帰ってきてから、すぐにでも」
月夜は、いつもの無表情で、しかし若干怒りの色も見られる感情で続けた。金城はそれみたことか、と肩を竦める。
天草は、ごくりと唾を飲み込むと、小さく溜息をつく。
「そ、そうだな。俺もこの写真やべぇと思ってたんだ」
「何なの、それ」
頬が痙攣した。手のひら返しの彼の反応に、何だか釈然としない。
「私、知り合いに霊媒師がいるよ。だから心配しないで」
月夜は、真剣な表情でスマホを弄る。
そんな様子を、私たちは黙ったまま、見つめた。
「友人に霊媒師って……、地咲って、何者なんだ?」
天草は、私に耳打ちする。
「私も、わかんない」
私は肩を竦める。数年一緒にいても、ミステリアスなところが、彼女でもあった。
ピロン、と通知音が鳴った。この音は、メッセージアプリだ。
だが、天草たちと話していたので、私は気づかないフリをした。
誰かと話している時や、食事をしている時には、スマホを触るのは極力避ける。相手に失礼だし、相手との時間を大事にしたかった。
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