夏休みが終わる一週間ほど前に、成績が発表された。
私は、初めての大学の講義で要領がつかめず、どの講義も休むことなくマジメに出席していたので、何とか単位を落とすことのない成績だった。
上級生や知人情報だが、大学は気を抜くとサボり癖がついてしまうらしい。気付けば四年生まで講義を入れる羽目になる、なんてこともザラにあるという。
天草も言っていた。大学は、単位取りゲームだ。
例え手段は選ばずとも、四年間で卒業することが最も親孝行になる。
何事も、初心を忘れずに取り組むことが大事だ。
だから守るんだ。この一年生春学期のマジメな姿勢を。
とはいうものの、すでに春学期から変わったことがあった。
それは、私に彼氏ができた、ということだった。
***
「空ちゃん。秋学期、どう履修を組むの?」
前に座る土屋さんは、アイスコーヒーを飲みながら問う。
「正直、まだ全然決めてません……」
私は、ポテトをつまみながら、身を縮める。
部活のない土曜日の午後三時。土屋さんと、街のファストフード店で会っていた。
土曜日は、毎週十三時まで研究室があるようで、私も彼の予定に合わせ、アルバイトのシフトを午後十三時まで入れるようになったので、その後に会うことが多かった。
「それならさ、何かひとつ、一緒に講義受けようよ」
土屋さんは目を細めて言った。思わず「えっ」と声が漏れた。
「や、でも、土屋さんは理系ですし……」
「共通科目なら、学部関係なく受けられるよ」
土屋さんは、サラリと言う。
「一応、専門以外は取り終えてるけど、別にたくさんとっても問題ないからね」
勉強にもなるし、と土屋さんは笑う。私は畏まる。
「わざわざ一緒に講義受けてもらうなんて、悪いですよ……」
「俺が、空ちゃんと一緒に講義受けたいの~」
土屋さんは、ムッと頬を膨らませた。あざと過ぎるその行為に、私は口を噤む。
「共通科目、何があったっけ。俺、受けるの久しぶりだ」
「あ、えっと、一覧持ってます」
私は、カバンから履修登録用の講義表を取り出す。
机に広げると、土屋さんも覗き込む。
「心理学とか面白そうじゃん。この先生、結構単位が取りやすいよ」
土屋さんに指差されたところに視線をやる。
「テストもレポートだし、時間も木曜の三時間目でちょうどいいし、出席点は三十パーあるけど、毎回出席するでしょ?」
そう言って私の顔を覗き込む。その目は、拒否権なしの強さがあった。
当然、毎回出る予定だったので、迷うことなく頷く。
「ん、じゃ、決まり。ちゃんと、登録してよ」
「はい、もちろん!」
これから毎週、土屋さんと一緒に講義を受けるんだ。
そう思うだけで、思わず口角が緩んだ。
そんな私の態度に、土屋さんはニヤニヤした顔を向ける。
「どーしたの?」
「や、なんか、嬉しくて……」
いまだに夢じゃないかと疑うものだ。一ヶ月前の自分は、まさか土屋さんと恋人になってるとは想像もしていない。
「空ちゃん、かわいいね」
土屋さんは、私の頭を撫でる。するすると手は肌を滑り、頬、耳、と指を這わせる。
その指使いが繊細で、思わずふっと肩が上がる。
「くすぐったいですよ」
「ふふっ、空ちゃん、小動物みたい。かわいい、かわいいよ」
何度も繰り返す。直球で愛でられて歯痒くなった。すぐには慣れないものだ。
土屋さんと講義を受ける秋学期も、楽しくなりそうだった。
第2セメスター 開始