「あっごめん。何か考えごとでもしてた?」
「……いや、別に」
図星なのか、蓮は素っ気なく顔を逸らす。
「もしかして、下野さん?」
「下野さん?」
「修学旅行、誘われたんでしょ」
そう尋ねると、蓮はしばらく宙を見上げ、「あぁ」と首を掻いた。
「いや、断ったから」
「え?」
「だから気にしなくてもいい」
蓮は淡々とそう言うと、自室へと足を進める。
「いや、そうじゃなくて…………何で断わったの?」
予想外の返答に、思わず呼び止める。
「何でって、面倒くさかったから?」
蓮は、心底面倒くさそうにこちらに振り返る。「あんまり話したこともないし」
「そ、そんな理由で断るのは、さすがにかわいそうだと思うんだけど……」
以前、瑛一郎が言っていたように、研修旅行の自由行動に気になる人と回る、というイベントは、学生生活においてお約束に発生するものだ。
イベント発生条件である「自由行動に誘われる」という価値は、「バレンタインにチョコを貰う」価値とほぼ同等で考えてもおかしくない。
イベント自体知らないとしても、下野さんのわかりやすい態度から何も察せないほど蓮は鈍くない。
緊張している彼女を思い出して、少し胸が締め付けられた。
私が黙り込んだことで、蓮は小さく溜息を吐いた。
「哀は俺に、下野さんと行動してほしいの?」
「え?」
予想外の質問に、私は顔を上げる。
「どういう意味?」
「そのままの意味だけど……」
蓮は僅かに顔を引き攣らせて言う。「その分、時間がなくなるかもしれないのに」
「で、でも……私たちは、いつでも会ってるんだし……」
「…………そっか」
蓮はしばらく黙り込んだ後、短く返答して自室へと戻った。
私は、呆気に取られていた。
「何で怒ったの……?」
蓮は口数が少ないだけに、考えが読み辛い。
だが、いつもの彼の纏う空気とは変わり、どこかピリピリとした電気を帯びていた。
先ほどの彼の言葉からも、イベント自体は理解していると伝わった。
それなのに、部外者である私の返答ひとつで、彼の行動が変わると言うのだろうか。
悶々とした感情のまま、自室へと戻った。
***
再びホームルームで、修学旅行の話し合いになる。
だが私の班内は、気まずい空気が流れていた。
蓮は普段通りに顔を伏せているが、どこか冷ややかな空気を纏っていた。話しかけるな、といったオーラが感じられる。
そんな彼に下野さんは萎縮し、普段以上に身を縮めている。
「じゃあ、一時までの時間だけど」
班長がそう仕切ると、下野さんの顔は強張った。
「大丈夫? 体調悪い?」
奥野さんは下野さんを窺う。
「うっううん……何でもない、大丈夫だよ……!」
下野さんは大袈裟に手を振る。しかしその顔は、わかりやすく引き攣っていた。感情を隠すのが下手なタイプなのだろう。
そんな彼女が見ていられなかった。
しかしそこで突如、蓮が身体を起こした。
「蓮?」私は目を丸くする。
「下野さん、一時からでもいい?」
蓮は下野さんを見ながら尋ねる。
「え? でも…………」
「やっぱ行くわ。でも俺、何も店、わかんないかも」
蓮はそう宣言すると、再び身体を伏せた。
班の人たちは呆気に取られているものの、ニヤニヤした顔で下野さんを見る。
「青春を謳歌してるね〜」
「そ、そんなんじゃない……!」
下野さんは、顔を真っ赤にしながら弁解する。しかし、その顔は笑みが零れていた。
私はしばらく思考が停止していた。
ずっと昔から一緒にいるのに、
蓮が、何を考えているのかが全くわからない。
目前で大好きな恋愛イベントが発生しているにも関わらず、私の脳内には雲が立ち込んでいた。
Day3 完