2頁目「脇役から主人公」④



 次の日。火曜日の1時間目は移動教室だった。そのた為、私は登校すると、準備を整えた後に教室を出た。化学なので理科実験室へと向かう。

 まだ登校時間の朝の廊下を歩く。グラウンドでは、朝練を終えた生徒たちが、用具を片付ける姿が目に入る。そばの花壇では、花々が鮮やかに咲いていた。水がまかれ、手入れされていると感じて不思議と心が豊かになる。

 理科実験室へと辿り着く。教室とは違い、入り口はひとつしかなく、私は、恐る恐る扉を開いた。

 数人の視線がこちらに向く。教室と変わらず、まだ数えられるほどしかいない。
 理科実験室では、クラスと同じ席順に着席するが、机は四人ひとつのグループ座席となる。席替えを行ったので、理科室でも席が変わっていた。だが私には、前と変わらない。
 
 いつもの場所へ向かう。同じ机の席には、すでに日中が着席していた。

「おはよう」
 日中が、タブレット操作しながら言った。

「お、おはよう」
 私に視線が向けられていないので、反応がワンテンポ遅れてしまった。
 
 教科書を机に置き、着席する。移動教室の時は読書用の本を持ち込まず、話したことのない日中と二人という状況が落ち着かなかった。
 私の緊張が伝わったのか、はたまた私が無意識に視線を向けてしまっていたのか、日中は「これ、来月の生徒会通信」と説明した。

 生徒会通信は、月初めに発行されるものだ。主に部活動の成績や、大型イベントなどの報告がされており、私も目を通していた。
 よくタブレットを弄っているなとは思っていたが、生徒会の仕事をしていたからのようだ。

「日中くんが、作ってるんだね」

「一応、書記だし。会長が適当な人だから、書記意外の仕事も回されるけど」
 日中は、わずかに眉間にシワを寄せる。

「五月は、特にイベントがなくてさ。新学期については先月書いたし、部活動も大会とかまだだから」

 そう言って日中は、タブレット用ペンをこめかみに当てる。いつもと変わらない澄ました顔だが、結構悩んでいるようだ。

「何かいい話題、ない?」

 そう言って、初めて私に視線を向けた。雑談のような空気感だが、彼にとったら真剣な悩みだろう。
 私は頭を悩ます。

「…………ゴールデンウィーク?」

「学校に関するもので、だよ。オレらにとったらイベントだけどさ」
 そう言うと少しだけ、口角をあげた。

「でもまぁ、遠征する部活動もあったっけ。話題はゴールデンウィークでもいいかな」

 そう言うと、再びタブレットに打ち込みはじめた。そんな様子を眺める。

 普段真宵が一方的に接する場面を見てるからか、大人しい人だと思っていたが、意外と人と話すタイプなのかもしれない。生徒会に入っているだけそうではあるか。そしてなんだかんだ真宵や会長の雑用を受けているところからも、文句を言いながらも意外と面倒見も良いのかもしれない。
 日中の新たな一面を知った感覚になった。

「おっす、二人とも早いな」

 突如、活発な声が降ってくる。その声に、日中は若干の嫌悪感を滲ませた。
 顔をあげると、案の定真宵が登校していた。きつめの制汗スプレーの香りが漂った。

「あ、出たクソマジメ通信! それお前が書いてんのか!」

 大げさに指さす真宵に、「今年からだけど」日中はさらりと返す。

「ちょうどいいネタ仕入れたんだ。売店のコロッケで売ってやる」真宵は指を振る。

「却下」日中は即座に返す。そんな彼に、真宵はふくれっ面になる。

「まだ何も言ってねぇだろ!」

「どうせくだらないことじゃん」

「くだらなくねぇよ。マルセンが恋人に振られたからしばらく自習になるかもってことだ」

 堂々とバラす真宵に、日中は呆れた顔になる。

「生徒会通信は、ゴシップ通信じゃないんだけど」

「でも読むやつは増えるだろ。人気のある先生ランキングとか、イケメン学生グラビアとか。それならウチ、いくらでもネタ提供できるからな」

「内申の為に生徒会入ったのに、印象悪くなるようなことするわけないじゃん」

「こいつ身も蓋もないこと言いやがった!」
 
 二人のやり取りを流れるように見ていた。そういや二人は一年から席が近いことで意外と相性が良いのかもしれない。日中も真宵の扱いに慣れているような感じだ。

 予鈴が鳴る。気づけば、教室内はほとんどの生徒が登校していた。だが、暁はいまだ現れない。

 1時間目開始のベルが鳴るとともに、大きくドアが開かれ、「あっぶねー」と暁が現れ、席まで小走りで来た。

「寝坊か?」
 真宵は、こちらまで来る暁に素朴に問う。

「いや、昼メシに悩んでた。今日は食堂無理じゃん」暁は私の前まで来ると、カバンを置いて腕を広げる。

 あっと気づく。暁は今日もヘアピンをつけていた。
 マスクの中で顔が赤くなった。私だけが嬉しいと感じるこの気持ちが、なんだか特別なものに思えた。

***

 昼休みに入り、昼食を取り始める。
 いつもは食堂へ向かう暁も真宵も、火曜日は移動教室が多いから、今日は買ってきたようで、コンビニ袋を机に置いた。
 私も昼食の準備をしていると、暁がこちらに振り返った。

「小夜ちゃん、これ、お礼」

 暁は、私の机に袋をドサッと置いた。目前には、コンビニの菓子パンやチョコレート菓子など5個ほどあった。どれも甘そうなものだ。

「迷ったから、とりあえずウマそうなの全部買ってきた。どれか選んでよ。あ、全部食べれるなら全部でもいいけど」

 暁は笑う。そこで、ふと気づく。
 もしかして、今朝遅刻しかけのは、悩んでくれたからだろうか。

「あ、ずりぃ! ウチの分は!?」

 隣でカレーパンを頬張る真宵が、不良のように絡む。梱包に『史上最強の激辛』との謳い文句が記載されているが、真宵は難なく頬張っていた。

「茜の分はないから。残りは俺の昼食だよ」

 暁は、苦笑しながら説明する。それを聞いた真宵は「差別だ!」とブーッと拗ねた表情をする。

「小夜ちゃんに渡すって言ったんだよ。な」

 そう言って暁は、私にウインクする。私の都合の良い夢だと思っていたが、本当に彼とのやり取りだったと実感した。

 真宵はなんだよそれ〜と不貞腐れながら、カレーパンにかぶりついた。

 私は、チョコドーナツを受け取ると、持参したお弁当の包みをあける。その様子を見た暁は、ヒューと口笛を鳴らす。

「小夜ちゃん弁当派なんだ。朝から作ってくれるなんて、いい親だね」
 
 暁は軽く言う。しかし、私は言葉に詰まる。

「えっと、自分で作ってる……」

「マジ!?」
 二種類の声が重なる。予想外の反応に軽く面食らいながら彼らを見ると、暁と真宵の二人は目を丸くしていた。

「小夜ちゃん、料理できんのかよ!」

「す、少しだけ……」

「良い嫁になるな」
 真宵がニヤニヤした顔で問う。私は苦笑した。

「俺は基本、コンビニか学食だからさ。中学までは給食だったし、弁当って遠足の時とかしか食えなくて、ちょっと憧れすらある」

 暁は開き直ったように言う。「ただ、学食のカレーはウマい」

「いや、コーンクリームコロッケがイチバンだろ」真宵は反論する。

「カレーは安いよ」
 隣の日中が、会話に入る。

「安い?」暁は、素朴に問う。

「原価的に。大量生産できるからさ。カルビ丼が一番打撃与えられる」

「おまえ、学校に恨みでもあるんか?」
 真宵は同志を得たような顔になる。

「学校じゃなくて、会長かな」
 日中は、答える。柔らかい物言いだが、明確に同志ではないと主張したげだ。

 私はそんな会話を、蚊帳の外から眺めていた。