3頁目「憧憬から愛慕」⑨



 宿舎に辿り着く。宿は京都駅から少し離れた場所で、自然が確認できる場所だった。

「デカい風呂、最高だったなぁ〜!」

 宿舎の部屋で、寝具姿の真宵は、髪を拭きながら言う。大浴場で四肢を広げて大浴場に浸かっていた彼女を思い出した。中々大きなお風呂に入る機会がないので、私も内心、興奮していた。

 準備を済ませると、食事会場へ向かう。普段見られないラフな私服姿にどこかソワソワした。
 会場には、すでに男子たちは来ていた。さすが体育のときのように着替えが早い。
 クラスメイトと話す暁は、Tシャツにジャージ、肩にはタオルをかけていた。風呂上りそのままここへ来たのか、髪が若干濡れている。だが、ヘアピンがされていることに歯痒くなった。
 制服や私服とは違うラフな格好に、無意識にテンションが上がる。

 自由時間の皆の素の姿は、学校では、見られない貴重な姿だった。

 部屋にもどると、すでにふとんが敷かれていた。食事の間に敷いてくれていたのかもしれない。
 部屋は女子四人ひとつの部屋。私たちともう一組の女子たちと同じ部屋になった。

「それにしても日中、彼女いたとはなぁ~」

 真宵は、ぼやく。「それも四年だろ。ウチが先輩に惚れたときには付き合ってたとか、なんだよ!」

 真宵はふとんの上で地団太を踏む。私は、前から気になっていたことを口にする。

「真宵さんって……入相さんのことが、好きなんだね」

「そうだよ。言ってなかったか?」

 あまりにも当然のように尋ねる。彼女自身隠してる様子はなさそうだった。

「入相さんとは同じ中学でよ、ひと目惚れしたんだ。テニス部入ったのも、それがきっかけだし」

 完全にストーカー、と真宵は、妙に得意気に語り出す。気になっていたことなので、彼女から話してくれることに感謝した。私は黙って耳を傾ける。

「もう八回は告ってるかな。でもいつも振られるんだぜ」

 ひどいだろ、と両手を広げる。暁から聞いた時の疑問を思い出した。

「よ、よく何回もいえるね……?」

「もう慣れたな」真宵は笑う。

「そりゃ最初は、ちょっとは落ち込んだよ。でも回数重ねるうちに、慣れてきたんだよ。当たって砕けるのが当然になったっつーか。だから今は、数打ちゃ当たらねぇかなとも思ってんだよ。ほら、日中の彼女も、何回も言ってるうちに、あいつが折れたって言ってたし」

 たしかに、と思う。それで四年経った今でも交際が続いているのだから、驚きだ。

「だがな」
 そこで真宵は、表情を一変させて真剣な顔つきになった。

「正直、それも今年で終わりかなって。先輩今年で卒業だし、大学は虹ノ宮離れるらしいしな。さすがに遠距離になってまで片想い続けるほど、重い女にはなりたくねぇ」

 真宵は、苦笑する。その表情には、どこか寂しさがあった。
 かける言葉に迷っていたが、真宵は再び表情を一変させて笑顔になる。

「だから今は引き際も考えてんだよ。でけぇ魚逃がしたって思わせてやる。ウチ、結構身体には自身あるからな」 
 そうして胸をよせるポーズをする。とんでもないことを言い始めた。

「な、なんか危ない方向いってない……?」

「にっしっし。でもこれなら女だって思ってくれるだろ。いっちょ前に長ぇんだから、何か悔しいじゃねぇか」

 へへっと真宵は笑う。少しだけ力が入っていない。

「真宵さんは、魅力的だよ。先輩と話す真宵さん、すごく可愛く見えたから。それに私だったら一度でもきっと心が折れる。それでも一途に想えるって中々できないよ。きっと伝わるはずだから」

 バーベキューの時に部長と話す真宵を思い出していた。あの時の真宵は、本当にかわいく見えたものだった。私ならきっと折れてしまう。彼女は本当にかっこいい人だ。

 私の言葉を聞いた真宵は、表情を変える。

「そう言ってくれるのは、小夜ちゃんだけだよ」
 皆には馬鹿にされるから、と真宵は、優しく笑う。

「だからこそ、まずはモノで釣る作戦だな。明日一緒にお土産選んでよ」

 真宵は、妙に意気込む。
 その表情が、今まで見た彼女の顔の中で、一番魅力的に見えた。

***



 次の日は、寺院などを巡り、嵐山に辿り着き、長めの自由時間となった。

 昼食を済ませた後、計画通りに予定を進める。縁結びの神社では、参拝をした後、お守りを吟味し始めた。真宵は本当にお守り十個買っていた。

 竹林からお土産街に戻る。各々、気になった店に入っては吟味してを繰り返す。明日は着物で散策予定なので、このタイミングで私もお土産を買うことにした。自由時間も二時間もあると、のんびり見られるものだ。

「うーん、これか? 男の趣味が全然わからねぇな」

 真宵は、キーホルダー売り場で頭を抱えていた。相談に乗っていた私もつられて悩む。確かに男性がどのようなものを好むのか全くわからない。

「お、これはギラギラしてるし目立つな。璃空、おまえらって、こんなんつける?」
 そう言って、金色のいかついキーホルダーを見せる。暁は苦笑する。

「小学校の修学旅行では、買ってるやついたけど」

「余計なものを渡すくらいなら、お菓子とかが無難じゃない?」日中も指摘する。

「菓子って食ったらなくなるじゃねぇか。それじゃ意味ねぇよ!」
 ウチは爪痕残してぇんだ、と真宵は反論する。

「だったらせめてセンスあるもの贈りなよ」

「ブランド知識ねぇくせに……! くそっ何でこんな奴にハイブランド贈る彼女がいるんだよ」
 言い合う二人をよそに、暁は目線をどこかに向けていた。

「どうかしたか?」と真宵。

「あ、いや、何でもない……。あれなら、いいんじゃない?」

 そう言って暁は、トンボ玉のアクセサリーの並ぶコーナーを指差す。和風で控えめなデザインで、確かに性別問わず使えそうだ。

「ナイス璃空。これにするわ」真宵は手を叩き、早速吟味する。

 きれいだな、と眺めていると「惟月くんには、買わねぇの?」と真宵はニヤニヤした表情で言った。確かに彼のおかげで、修学旅行が楽しめているんだ。

 ふと、トンボ玉のブレスレットが目に留まる。澄んだ水色で、惟月の澄んだ瞳を彷彿とさせた。

「きれい……」

 しかし、受け取ってくれるだろうか、物は重くないだろうか、と不安が浮かぶ。
 ほんの御礼として渡すだけだ。
 身内用のお菓子を買うついでに、こっそりと購入した。

***



 今日もスケジュールを終え、宿舎に戻る。
 同じ空間もあり、また真宵もいてくれたことで昨日から同室である東雲(しののめ)と未明(みめい)二人とも話せるようになった。二人は、どちらかといえば大人しい性格で、所属グループは違えど真宵とは同じ中学校だったようだ。

 風呂と夕食を終え、布団の敷かれた部屋で、今日の自由行動で購入した会話のお供であるお菓子をつまんでいた。これぞ、男子禁制の女子会ってやつだ。

「ずっと気になってたんだけどさ、夕雨さんって、璃空くんと付き合ってるの?」

 金平糖をつまむ東雲は、唐突に私に尋ねる。

「えっ」
 あまりにも不意打ちな質問に、素っ頓狂な声が出る。口に運ぼうとしたスナック菓子が、手からこぼれた。

「前、一緒に帰ってたもんね」
 未明は、口元に手を当て、天井を見上げる。

「デートに行ってたんだよな」
 真宵は、ナッツ菓子をつまみながらニヤニヤして言う。

「いや、付き合ってません……!」
 私は大げさに手と頭を振る。あまりにも必死な行動に、未明は「必死すぎ」と笑った。

「璃空くんも、夕雨さんには結構話しかけてるように思うな」
 未明は、言う。

「朝も、毎日二人で話してるから、仲はいいよね」

 東雲は、ニヤニヤした顔で言う。二人の顔には、嫉妬の色は感じられず、どちらかといえば好奇心の色だった。

 その反応にたじろいでいると、「璃空かぁ」と真宵は呟く。私は彼女に振り向く。