第四試合 先輩vs後輩①


始業式が開始する。
ただでさえ連休明けで気が滅入るのに、今日は四十度超えとさらに追い討ちをかけられていた。皆、ゾンビのようにフラフラした足取りで学校に向かっている。

校門前では、生徒指導員による制服チェックが行われていた。頭髪のカラーやスカート丈など、夏休み気分から抜け出せていない人のチェックをしているのだろう。
抜き打ちによるものの為、捕まっている人たちのほとんどが、廊下で顔の見たことのある一年生ばかりだ。
私は先輩の指導から模範回答のような外見である為、声をかけられることもない。

適当に流し見していたが、ふとある青年が目に入る。
ほぼ金に近い色にゆるいパーマと、もはや目をつけられに来たのかと言わんばかりの髪型だ。怪我なのか手には包帯が巻かれ、生徒指導員に頭を掻いて謝罪していた。
背格好から一年生には見えず、どことなく漂う気品から、むしろ上級生のように感じられる。

「三年生か……」私の顔は暗くなる。

ただでさえ気が重いのに、思い出したことでさらに気分が沈む。

ジワリと湧き出た汗が額を滑る。日の暑さも、球場外ではただ鬱陶しいだけだ。

肩を落としたまま教室へと向かった。

 

***

 

「今回の死因は何?」

教室内、机に突っ伏す私に、依都は冷静に声をかける。
出会って半年経ったことで、私の扱いにも慣れたのか、その声はもはや作業のように淡々としている。いや、彼女の場合はこれがデフォルトでもあるが。

私は無言で彼女に顔を向ける。

「前から思ってたんだけどさ、死因を被害者に尋ねるのっておかしくない? 探偵は推理するものでしょ」

「まだ息のあるうちは、被害者からの証言が一番有効になる」

ごもっとも。
私の頭の悪い軽口も、正当性を持ち出す彼女に敵うわけがない。

「何か……もう色々、ショックなんだよね…………」
私は観念して再び机にうなだれる。

そんな私を見て、「速水さんね」と名探偵依都は、あっさり見抜く。

「でもまだ確実じゃないんでしょ。それに陽葵だって、告白してないんだからわからないじゃん」

「告白なんて、できるわけ……!」無意識に声が大きくなる。

「まだわからないのに結果出すのも早いってこと。ただの妄想ほど信用できないものはないよ。まだ断られてないなら、少しでも株を上げてから砕けるべき」

「断られる前提ですか」ふてくされて唇を突き出す。

「基本的に後悔というものは、やらなかったことに対して起こることなのよ」

依都は整った目元を光らせながら答える。
しれっと話題を逸らされたが、もう気にしない。

「別に私は、付き合いたいわけじゃないし……」

「でも彼女がいてモヤモヤしてるじゃん。嫉妬しているのは、自分がそれを欲しいと思っているからだよ」

ハッキリと指摘されて口籠る。

「例えばコインの裏表で決めるとして、表が出たのに残念に感じたらそれが答えなんだよ。自分の本当の感情を知るには、それこそ冷静に分析するしかない」

全くもって正論だ。
もはやここまで落ち着いて展開されると、爽快ですらある。

「だからこそ、まずは何よりも注目してもらうことが大事だよ。ちょうど二週間後にある体育祭の種目に、陽葵の得意とする分野があるんだから」

「私の得意な?」

「応援合戦」依都は心なし得意げな顔をして答える。

「速水さんは試合に集中していたんだから、陽葵の一生懸命応援する姿は見られていない。でも応援合戦は、応援している姿を見せる、応援がメインの種目なんだよ。だからこそチャンスじゃないのかな」

「そんな競技があるんだ……」

よく知ってるね、と言うと「保険体育委員だから」とあっさりと返答がある。

この学校を志望したのも、吹奏楽部に入部したのも、全部高校野球の応援の為だ。ここ半年近くも、全てその為に捧げてきた。
もし、その姿を少しでも見てもらえるのならば。

彼女の口車に乗せられているようで気が進まなかったが、これが現実を見ている違いなのだろう。

始業開始のベルが鳴ったことで、私たちは席に着いた。

 

***

 

適当に始業式が行われ、宿題の提出も済んだ後、ホームルームでは体育祭についての話がされた。

うちの学校は部活動に力が入っているだけ、体育祭や学園祭という学校行事には、気合が入るか否かの両極端にわかれると先輩から聞いていた。

部活一筋の人にとったら学校行事など、記録にもならなければ、ただ時間を浪費するだけで面倒に感じるのだろう。だが逆に夏の大会など終わった人たちには気晴らしになるらしい。特に一年生の時は、下っ端であるだけ、やる気になっている人は多い。
ちょうどうちも定期演奏会まで時間があり、体育祭は実質運動部である成果を試す場でもあるな、と考えていた。

一年生が出場する競技は、個人競技を除けば、棒引きに玉入れ、クラス対抗リレー、そして依都が言っていた応援合戦だ。

「せんせ~。応援合戦って、何やるんすか?」

クラスメイトの赤髪でツンツンしたヘアスタイルの青年、楽斗原(ガクトバラ)くんが手を上げて尋ねる。

「応援衣装着て、応援している姿やパフォーマンスで競うものだよ」

担任は曖昧なニュアンスで答える。
今年入ってきた新米教師の為、具体的にはわからないのだろう。

「よくわかんねーすね~」
じゃ、これはパス、と楽斗原くんも観念して手を振る。

基本的に運動部中心にメンバーが決まっていくが、応援合戦だけ漠然とした種目なだけに中々決まらない。
これさえ決まれば今日は解散、と言われているものの教室内には怠慢な空気が充満している。

こんな中、立候補するのはかなり勇気がいるものの、応援をすることに価値を見出した今は、正直気になっていた。

「私……やります」

じれったい空気が漂う中、私はおずおず挙手する。

「おお、橘やってくれるか……!」

面倒臭そうにしていた担任も、やっと進展したことで元気を取り戻す。

「あとは男子だな。希望いるか?」

「じゃ、俺」
そう言って、前座席の翔吏は手を上げる。

「翔吏?」
私は思わず声を上げる。

「勘違いすんな。秋季大会まで日はあるし、ちょうどいい息抜きになるだけだ。応援する側の気持ちも知っておくべきだろ」

翔吏は厳しい声で言う。
本当彼は、常に上しか目指していない。彼の中では、もう次のステージに向かっているんだ。
それだけに、速水さんを思うと胸が痛んだ。

今の私にとったら、良い気晴らしになるはずだ。

応援合戦は、三学年合同で行われる。一年生は三年生の指示に従うだけなので、ほぼ部活動と変わらない状況だ。
厳しい環境で鍛えられているだけ、特に年上の人にも構えることなく準備を進めていた。

ほぼ毎日集まりがあるものの、二週間という期間であるだけ、むしろ短いとすら感じるほどだった。

だがある日、想定外のことが起こる。

 

***

 

応援合戦の衣装合わせを行っていた。

「うそ、これ着るの?」
私は衣装を見て青ざめる。

うちの応援合戦の衣装は、ノースリーブに丈の短いスカートと、まさにチアリーディング部のユニフォームそのものだった。
応援合戦は専用の服があるとは聞いていたものの、まさかこんなに露出の多いものだとは思わなかった。
水泳の水着でも躊躇うのに、これを全校生徒の前で着るのなんて恥ずかしすぎる。

「豚足を見せられるこっちの気にもなれよ」
翔吏は困惑する私に野次を入れる。

「とっ、豚足って……!」

「つかそれも知らずに応援合戦立候補したっていうのかよ。せめて豚から鹿くらいしまった身体にならねーと見るに堪えねぇってもんだ」

「ひど!」私は険しい顔で彼を睨む。

男子の衣装は女子とは対照的に、全身真っ黒の長ランだった。裏地は黄色の布があしらわれ、まさに黄組応援団といった貫禄が漂っている。
常に眉間に皺の寄っている翔吏だからこそ、厳格な彼には似合いそうだなとは内心思うものの、絶対口にはしない。

「こうなったら…………とことんやってやる……!」

また翔吏に触発された形になったが、あそこまで言われたらこちらも黙っていられない。

夏休み中は日の暑さから怠っていたランニングも再開し、筋トレの量も増やし始めた。
さらに身体作りだけでなく、肌や髪のスキンケアも念入りに行うようになった。野菜中心の食生活に変え、水分も一日二リットル以上飲むようになっている。

やれることはとことんやるしかない。
せっかく応援している姿を見せられる、唯一のチャンスなのだから。

学校に部活に応援合戦、そして個人トレーニングを繰り返す中、二週間という時間はあっという間に過ぎた。

 

***

 

体育祭当日。
今日だけジャージ姿での登校が許可されていた。普段とは違う外見なだけに新鮮だ。校門に立つ生徒指導員も、今日は制服のイチャモンがつけられずにおもしろくなさそうな顔をしている。

教室内に入ると、皆ハチマキを着用しているところだった。
私たちは黄組である為、黄色いハチマキが教卓に置かれている。

「おっすタチバナさん! 今日は頑張りましょうね!」

楽斗原くんは、笑顔で私にハチマキを渡す。
すでにハチマキを額に着用し、準備万端といった様子だ。八重歯を見せて笑っている顔からも、今日の体育祭が楽しみなのだろう。

「元気だねぇ」
私は年寄りみたいな反応をしながらハチマキを受け取る。

「だって体育祭とか楽しくないっすか? 俺、楽しみで昨日の夜、眠られなかったっすもん」

「そんな遠足みたいな」

私は苦笑する。楽斗原くんは、特徴のある声に常に活発な性格でクラス内でも目立つ人だ。
純粋に何事も楽しもうとする姿は、見ていて飽きはしない。

自分の席まで向かうと、前の席では翔吏がハチマキを巻いていた。

「青組の応援合戦、知ってる?」

私はふと思い出して問いかける。翔吏は首を傾げながらこちらを向く。

「青組はうちと違って三年生が皆やる気らしくて、かなり気合入っているらしい。中でも団長は、もはやこの応援合戦に命捧げてる人なんだって。衣装も今回の為にわざわざ見繕ったって」

うちの学校は十クラス編成で、AとB、CとD、EとF、GとH、IとJで赤、青、黄、紫、緑に別れることになっていた。
パートリーダーの一ノ瀬先輩に応援合戦の練習について伝えた際、「うちはすごいよ」と得意気に話していたのだ。彼女は確か三年C組だったので青組のはずだ。

負けず嫌いな翔吏をあえて煽るために言ったものの、彼は「ふーん」と興味なさそうに答えたので拍子抜けする。

召集の放送が流れたことで、グラウンドへと向かった。

 

***