滔々と話していたが、目前の赤髪の少女は黙って聞いていた。
自分と向き合う為の幻影なんだな、と改めて実感した。
少女は暫し黙ると、私をまっすぐ見る。
「でも、それだったらおかしいわ」
「おかしい?」予想外の言葉に私は目を丸くする。
「だって、今の環境で満足しているのならば、未練はないはず」
「た、確かに……」
自分のことでありながらも、今更気づかされる。
「自分しかいない世界で自分の思うままに作品を生み出せる環境。だけど、やっぱり見てもらいたいという感情はあったんでしょう」
正面から言われて僅かに怯む。
否定はできなかった。
「卑しいよね……学校の制度が気に入らないっていうのに、羨ましいって思ってしまう自分もいるなんて。本当、どうしようもないや……」
私は観念して空を見上げる。
「少し思考を変えてみれば、わかることよ」
少女はそう言うと、懐から一冊の本を取り出す。
私が発行した同人誌だ。
「あなたは、この本を描いている時は、どんな感情だった?」
「どんな、感情……?」
「きっと『楽しい』と思っていたんじゃないかしら」
少女の言葉にハッとなる。
「確かに……二次創作をしている時は、苦しい、だなんて思ったことはなかった」
「私もこの本を読んで、『楽しい』と感じた。感情は伝染するもの。だから、読者にどんな反応をしてほしいのか、まずは自身が体験することが大事じゃないのかしら」
課題をこなしている時は苦でしかなかった。
楽しい、だなんて思えなかった。
「自分が楽しい、おもしろい、と思わなければ、相手には伝わらない……。そんな簡単なことにも気付けていなかったんだな……」
私は力なく呟く。
そんな私を、少女は観察するような目でじっと見ていた。
「まだ、時間がかかりそうね」
「え?」
唐突な言葉に顔を上げる。
「あなたは今、咲くべきじゃない。まだ、成長の余地はあるわ」
少女は私を真っ直ぐ見て言った。
何の根拠から来ている言葉なのかはわからないものの、何故か奮い立った。
「人は何かを創り上げた瞬間、最高に輝くものでしょう」
少女は遠方に見える青星第一高等学校を見ながら言う。
「人の力なんてものは、例え私たちにも測ることはできない。根拠もなく、環境も悪い中でも、予想外の結果を出すことがある」
過去を思い出しているのか、少女は感慨深そうに目を閉じながら語る。
私が生み出した幻想であるのに、言葉には重みがあるものだ。
「あなたはまだ、咲くべきではない」
少女は噛み締めるように再び言うと、スッと立ち上がり背を向けて歩き始める。
私はその背中を茫然と眺めていた。
その背中が徐々に薄れているように見えて、目を擦る。
「そうそう。見えなくなるうちにひとつ」
少女は振り向く。
「私はサイ×アース派だわ」
突如、私は静止する。
予期せぬ単語が投げられたことにより、脳が緊急停止した。
「だ、大地雷!!」
私は勢いよく彼女の背中に向かって叫ぶ。
だが、いつの間にか姿が見えなくなっていた。
閑散とした住宅街に私の声がこだまする。
散歩していた老人が、何事だ?と言うように私を見ていた。
「何、言ってるんだろう」
いたたまれなくなり、頭を掻く。
そこに残されていたのは、やはり空になった親子丼の容器だけだった。
私は、再びコンビニへと向かっていた。
別の場所にしようかと考えたものの、普段集めているポイントカードの利用できる店はこの店舗でしかないことから、本日三度目の来店となった。
こうなりゃやけくそだ。
何が何でも、親子丼を食べてやる。
一時間前に来た時は、まだ在庫があったはず、と私は大股で総菜コーナーへ向かう。
親子丼は私にしか買われていないのでは、と疑うほど当然のようにそこに佇んでいた。
私は対象物を手に取ると、周囲を警戒するようにレジに向かう。
レンジで温めている間、店員のおばちゃんは、「親子丼、好きなのかい?」と私に尋ねる。
「え?」
「君、今日これ買うの三回目でしょ」
レジのおばちゃんは笑顔で言う。
まさか覚えられているとは思わずに、私は苦笑しながら頭を掻く。
「よくここ来るでしょ。でも、あまりコンビニ弁当ばかり食べてるのは身体に悪いよ」
「料理があまり得意ではなくて」
「君、一人暮らしかい?」
高校生くらいじゃないの?とおばちゃんは目を丸くする。
「は、はい……一応」
「それだったら、なおさらコンビニなんかでお弁当買ってるんじゃないよ。お金は大事だよ」
おばちゃんは眉間に皺を寄せて言う。店員がそれを言っては身も蓋もないではないか、と苦笑する。
「あ、ちょっとだけ待ってて」
そう言うとおばちゃんは、足早に事務所へ向かう。
呆気に取られていると、何か手に持って私の元まで戻ってきた。
「これ、少しでも役に立てて」
おばちゃんは笑顔で手に持ったものを差し出す。私は勢いに気圧されるままそれを受け取る。
渡されたものは、料理雑誌だった。
『十分でできる簡単レシピ百選』と大きく見出しが書かれ、実践していたのか数箇所に付箋が挟まっている。
「い、いいんですか……?」
「いいよいいよ。暇潰しで見ていただけだから。若いうちに料理の腕を身につけておくとモテるわよ〜」
そう言っておばちゃんはウインクする。私は引き攣った顔で笑う。
親子丼を受け取ると、軽く会釈して店を出た。
私は手に持つ雑誌を茫然と眺める。
制作に追われる日々の中で、生活習慣が杜撰になっていたのは事実だ。引きこもりになったせいで、最近は特に健康面が危ないだろうとは自分でも思う。
「お金もなくなってきたからなぁ……」
この近くにスーパーはあったかな、とぼんやり頭を捻らせながら帰路についた。
***
秋奈は、純粋に自分が楽しいと思える漫画を描いていた。
彼女の気まぐれで始めた投稿サイトによる連載が、特集で取り上げられたことがきっかけで、彼女の作品が注目されるようになった。
その結果、再び学校に通うようにと学校側から連絡が来た。
業績を重視する学校。有名になりそうな原石を見逃すはずもないだろう。特にネットを常にチェックしているのならば尚更だ。
学校側からの手厚いもてなしで、彼女は再び戦場に立つ勇気を手に入れた。
「これは、今世に期待できるな」
紅く染まった木々の上、ゼンゼは漫画雑誌を捲りながら言う。
「才能をどう活かすかは、種の植えられた器にかかっているわ」
隣に座るリンは、自身の髪色に染まる葉を眺めながら答える。
偶然その器が日の差す場所に置かれていればすぐに成長するが、日陰なら育たないものだ。
どこに器が置かれるかは、神の気まぐれ。だが、器には脚があるのだから、自ら動くことだってできる。
「娯楽というカルチャーは、知識をつけることもできれば、感情を学ぶこともできる。何より退屈しねぇもんだ。芸術の才能のある奴はどんどん延命しようぜ」
「無責任なこと言わないで」
そう答えながらも少女の口角は上がっていた。
「今回、偶然開花の環境が適さなかったから延期にしただけ。実際、私たちは消えていないことで、使命は全うされたと判断されている」
「もう、その辺りは心配してねぇよ」
ゼンゼは秋晴れの空を眩しそうに見上げる。
「おまえの判断が間違ってたら、それが俺の運命なんだ。『死なば諸共』『一蓮托生』ってもんだぜ」
「それは、光栄なことだわ」リンは微笑む。
目前の公園付近に咲いている橙色の小さな花。形状自体は目立たないものの、印象的で脳に幸福感をもたらす特徴的な甘い香りを持つ。
花はひとつひとつ形状も性質も香りも開花時期も全く違う。
だが、全ての中で一番良いだなんて花がなけりゃ、受け手にとって好みもわかれるものだ。
「あ、でもせめて、こいつが化けるのは見届けてぇな」
「私も、もっとこの世界のカルチャーは嗜みたいものだわ」
シーズン3【火宮 秋奈】完了