6【秋月 梨斗】③




「あなたの未練は、何ですか?」

真剣な声で問う。
突然デリケートな部分に触れるも、秋月は動揺の色を見せない。
それだけ、彼女たちの発言からは、重みが感じられた。

「……それを言ったところで、あいつが帰ってくるわけでもねぇ」
秋月は低い声で答える。

「林檎さんのことかしら」

リンの言葉を聞いた秋月の目の色は変わる。

「おまえ……!どこからそれを……」

「先ほどの彼のように、私たちは人間を凌駕する存在なので」
リンは淡々と答える。

秋月はチッと舌を鳴らすと、よろめきながら立ち上がり、屋上ドアまで向かう。
ドアノブを握ると、秋月は「俺に良い人生が与えられていたとか、そんなん俺にはわからねーけど、もし仮にそうだとしたら」と口を開く。

「俺は、そんなもの与えた神を一生許さねぇ」

そう言い残すと、ドアを開いて下へと降りていった。

屋上に取り残されたリンとゼンゼは、しばらく思案していた。

「やっぱり、妹さんの死が絡んでいるのは、間違いないわね」

「あぁ」

「花が咲いたのは、昨年だわ」
リンはそう呟くと、空を見上げる。

「今はこの世界は、調べたら情報が簡単に手に入る。彼女の身に何があったのか、そちらから調べるべきかもね」

リンとゼンゼは、街中の漫画喫茶店に来ていた。
薄暗い間接照明の中、ずらりと並ぶ本棚を通り過ぎた奥には、個人利用スペースが複数設置されている。
受付で先に支払いを済ますと、外側に『利用中』の看板を掲げ、鍵で施錠することで、特に個室の予約をせずとも使用が可能だ。

もちろんリンたちは姿が見られないので、勝手に侵入し、勝手に『利用中』の看板を掲げ、勝手に個室を利用していた。

リンは個室内に設置されているパソコンを立ち上げると、検索欄に『秋月林檎』との文字を打ち込む。
すぐに複数のニュース記事が浮上した。

「彼女、火災で亡くなったようね」
リンはニュース記事を見ながら呟く。

昨年、山奥の倉庫から小火が出ていると住民から通報があり、消防隊員が辿り着いた時には、すでに倉庫は焼け落ちていた。
その中から、秋月林檎の遺体が発見された、と記事には記載されていた。

「まぁ若いし、寿命ではないわな」
ゼンゼは寝そべって漫画を捲る。
普段の黒服に戻り、すでに役目は終わったといった態度だ。

リンは記事を順番に読み進める。
ほとんどが、当時の火災の状況が記載されていたが、そこである掲示板の内容が引っかかった。

「……はぁ」

「何かわかったか?」

「記事を見る限り、彼女の死因は、恐らく火災ではなく、それ以前の行為によるもの」

ほとんどのニュース記事では火災について書かれていたが、とある匿名掲示板には、一変した内容が記載されていた。
現場の品は、全て焼失したことで証拠もない。秋月の妹が亡くなった原因も、火災によるものとして片付けられている。
だが何故、秋月の妹が山奥の倉庫にいたかの点に言及されていないことを不思議に思ったネットの者たちにより、掲示板内で真相が語られていた。

それによると、当時小学四年生の秋月の妹は、複数の中学生男子に山奥にある倉庫に閉じ込められて暴行された後、そのまま倉庫に火を付けられて殺害されたと書かれている。

その主犯もあらかた特定され、武道を嗜み、当時中学二年生と、秋月梨斗のひとつ上の学年だ。
思春期である年齢に加え、元々秋月が、整った外見に武道の才能のあるSランクの種を所持しているだけに、恐らく秋月への鬱憤が妹に向いたのだろうと予想がつく。

だが、表向きでは火災で片付けられていることで、秋月の妹を襲った人間は、特に処罰されることもなく、今でも普通に学校に通っているようだ。

「昨日、彼の担任が行方不明になっている生徒がいると言っていた学校、どこだか覚えてる?」

ゼンゼは頭を捻り、「確か、『黒橋中学校』って言ってた気がする」と答える。

「やっぱりね」

掲示板には、まさしく犯人は黒橋中学校の人物だろう、と記載されていた。

「こんな悲惨な内容、身内である人間が知ったら黙っているわけないでしょう。つまり、まとめるとこうね」

リンは顎に手を当て、冷静にまとめる。

「秋月梨斗には、人並み以上の外見と武道の才能のあるSランクの種が与えられていた。元々彼と武道で繋がりのあった黒橋の生徒が、秋月の抜きんでた才能に嫉妬した。中学生という年齢を考えても自然だわ。でも、外見はともかく力でも敵わない。だからこそ、彼の妹に目をつけたのよ。山奥で暴行を行い、証拠を残さない為にも火をつけた」

ゼンゼは漫画から顔を上げてリンを見る。

「ジャパニーズカルチャーで、似たような話を見たことがあるの」
リンはゼンゼに問われるより先に弁解する。

「だから、『神を一生許さねぇ』って言っていたのか」

「これだけ推測できたら、十分だわ」
リンは、険しい顔で記事を睨む。

「おそらく今回の対象、秋月梨斗の未練は、『自分のせいで妹が亡くなったこと』」

リンは淡々と告げる。ゼンゼは僅かに顔を歪める。

「さすがに今回の未練は、デリケートだぞ」

「問題ないわ。判明すれば、あとは薬を処方すればいいだけ」

リンは立ち上がって身支度を整える。

「これ読み終わるまで待ってくれ」との声を無視して、リンは個室を出た。

 

***

 

リンたちは再び赤森中学校に来ていた。
校門をくぐると同時に、キーンコーンカーンコーンとベルが鳴る。近くの時計台で時刻を確認すると、午後四時半を指しており、校舎内から騒ぐ生徒の声からも、本日の授業は終了したとわかる。

「授業が終了したから、もう帰宅しているのかしら」
リンは、下校する生徒たちを見ながら呟く。

「むしろ、あいつは今日、何しに学校に来たんだ?」
ゼンゼは素朴に問う。リンはおもむろに彼に振り向く。

「学校は、勉強をするところだわ」

「真面目に授業に出席している奴は『不良』とは呼ばないだろ」

「でも、確かに彼は手ぶらだった」

ゼンゼと秋月が廊下で遭遇した時、彼は鞄はともかく、何も所持していなかった。
授業中であったことからも、勉強しに来たようにも見えない。

首を傾げながらリンたちは学校を出ると、そのまま徒歩十分圏内にある、秋月の自宅まで向かう。
今は、両親と秋月の三人暮らしではあるものの、車庫奥にピンク色の小ぶりの自転車が置かれていることから、彼らの中に根を張る雑草の大きさを物語っている。

リビング窓から中に侵入する。家族に姿は見られなければ、秋月にも人間じゃないとバレていることで、大胆な行動も起こしやすいものだ。
大きなソファに薄型テレビ、テーブルと整頓された至ってシンプルなリビング。共働きなのか、家の中は誰の姿も見られない。

「仏壇、だっけ?」
ゼンゼはリビング端にある仏壇を見て呟く。

「これも、『手向けの花』と同じような、この世界の風習だと聞いたわね」

リンは仏壇の前に立つと、静かに手を合わせた。ゼンゼも見様見真似で手を合わせた。

二人はそのまま二階に上がり、秋月の部屋まで向かった。

さすが元Sランクの種を所持しているだけに、彼の室内にはたくさんのトロフィーや賞状が飾られていた。
昔、利用していたであろう使用感のある道着も壁にかけられ、彼がいかに少林寺に力を注いでいたのかが感じられる。

「ほんと、もったいねぇな」
ゼンゼは秋月の室内を見回しながら呟く。

「根は真面目だったんだろうな。『不良』って漫画とかだと、もっと、壁とか穴開いていたりするもんだろ」

「彼の目的が復讐だったのならば、そもそも『不良』でもなかったのかもしれない」

「学校の窓ガラスは平気で割っていたけどな」

だが、そこでゼンゼは「あ、でも」と表情を変える。「自棄になっていたようにも見えるか」

「自棄?」

「真面目なやつほど、ひとつ道がずれたら後はどうにでもなれ、って自暴自棄になりやすいとか。これもジャパニーズカルチャーで読んだことがある」
A型は几帳面だとか、とこの世界特有の偏見まで持ち出す。

「後のことはどうでもいい、か……」リンは意味深に頷く。

「それよりも、おもしろいもん見つけたぞ」

「おもしろいもの?」

ゼンゼは机の上に置かれているプリントに目を落とす。リンは目を丸くする。

「隣街だって、行ってみるか」

 

***

 

都心の虹ノ宮市から離れた郊外の山。
周囲にそびえる木々の葉は赤や黄と秋色に染まり、地面には松ぼっくりや木の実などが転がっている。
そんな秋の実りも、西の空に低く沈んだ夕焼けにより、より一層燃え上がっていた。

秋月は、落ち葉を踏み鳴らして山奥へと向かっている。
そんな彼の後をリンとゼンゼは追っていた。

「この葉っぱが邪魔ね」

リンは、足元に散乱する落ち葉を見て、険しい顔をする。

植物も衣替えの時期を迎えたのか、辺り一面に落ち葉が散乱していた。
すでに枯れた葉は、足で踏むとカシュッと割れる軽い音が鳴り、対象を尾行するには、とても煩わしいものだ。

「ゼンゼ。先回りしよう」

痺れを切らしたリンは、後方で嬉々として葉を踏み鳴らすゼンゼに振り向く。

「でも、あいつがどこに行くかなんて、予測できねぇよ」
ゼンゼは唇を突き出して肩を竦める。

「また対象に見られても面倒だわ。何よりこんなことで体力を削られたくないの」

「これだからエリート様はよ」
ゼンゼは頭を掻くと、ひょいとリンを抱えて地を蹴った。

木の間を俊敏に飛び跳ねる中、ふとある存在が目に入ったことでゼンゼは足を止める。

「ゼンゼ?」

「これもまた、運命ってもんか」

ゼンゼは、足元を見ながら尖った歯を光らせる。
つられるようにリンも下を見ると、あっと声を上げた。

「あの青髪……」

リンたちのいる大木の下にある小さな小屋。
その中から、見覚えのある姿が出てきた。

一人は黒いベストを着用し、ゴシックパンクな外見の青髪の青年。もう一人は、金髪で右目に包帯を巻いた少女。
以前、夏原の通う病院内で見た、死神と鎌だった。

「死神がいるってことは、そういうことかしら」

「そういうことだろうな」

リンたちの視線に気づいた青髪の死神、ベロウはこちらに向くと、低俗な薄ら笑みを浮かべる。
ゼンゼは愉快そうに嗤って反応すると、木から飛び降りて彼らの元へと降りる。

「ゼンゼ」

「俺らの対象もこの山にいんだ。何か掴めるかもしれねぇだろ」

地面に降りると、ベロウが柄の悪い猫背の体勢でリンたちに近づく。
リンもゼンゼの腕から降りると、彼らに顔を向ける。

「ヒヒッさすが、エリート様は自分の足では歩かない、と」
ベロウは揶揄うように言う。

「あなたたちは、ここで何を?」
リンはベロウの戯言を軽く聞き流して問う。

「何をって、僕らのやることなんて、ひとつしかないだろ」

ベロウは、得意げに指を振る。「人間を殺すことだ」

「花を刈ることだわ」リンは即座に訂正する。

「物は言いようさ」ベロウは、大げさに肩を竦める。

「とはいえ、僕らは大仕事を終えたばかりだ。争う気はさらさらないよ」

「大仕事?」

リンの問いかけに、ベロウは誇らしげな顔になる。

「五人の花を刈った。ヒヒッ今回の死に顔も最高の出来だよ。見物したいなら、どうぞ」

そう言ってベロウは、後ろの小屋を促す。
彼らが小屋から出てきたことで、中で何が起こったかは予測していたとはいえ、彼の卑劣な言葉にリンの顔は僅かに歪む。

「中学生の子どもは、追いつめられると醜いものだ。ヒヒッ許してくれ、苦しい、やめてくれ、俺らじゃないって泣き叫んで」

「俺らじゃない?」

「あぁ、苦し紛れの言い逃れだろうね。ま、彼は全く聞く耳持っていなかったが」
と、そこまで言うと、ベロウは「そういや」と、表情を一変させる。

「あのオレンジ髪、僕らのことが見えていた。そして、君らがここにいるってことは、彼は君らの対象か?」

「えぇ」

「へぇ。彼も死ぬのか」

ベロウは、ヒヒッと薄ら笑みを浮かべながら顎を擦る。「でも、自殺はつまらないなぁ」

「どうして自殺だと?」

「見ててわからないのかい。後のこと全部どうでもいいような、吹っ切れた態度してたじゃないか」

ベロウは驚いたように言う。心なしリンはムッとする。

「ヒヒッ僕は開花する瞬間が一番楽しみなんだ。開花時期の迫った人間見たら、大抵自殺か他殺かはわかるんだよ」

「悪趣味だわ」

リンは顔を歪める。
ベロウは、とぼけるように口を曲げると「勘違いしないでほしいな」と言葉を続ける。

「まぁ、少し刺激がほしくて環境を荒らしたりはしても、人間が勝手に苦しんで勝手に死んでるだけだよ。手入れするキマリもなければ、荒らしたらダメだというキマリもない。どんな方法であれ、僕たちは使命を果たす為に行動を起こす。それよりも厭らしいのは人間だよ」

ベロウは、小屋を一瞥する。

「自分が殺ったくせに、いざ死ぬとなったら、『情』で媚びて簡単に信念を曲げる、ずるい生き物なんだ。だから、あのオレンジ髪の聞く耳持たない頑固なところは、少し愉快だったねぇ。あぁ、これだから人間って嫌いなのさ」

感情的に人間を罵倒するベロウを、リンは厳しい顔で睨んでいた。

「リンも本当、傲慢な奴だぜ」

大木の上に座るゼンゼは、目下でベロウと言い合うリンを見ながら苦笑する。

「何の意地かしんねーが、一応同族なんだから、階級なんて考えずに仲良くすりゃいいんだ。な、おまえもそう思わねぇ?」

そう言って、ゼンゼは隣に座る金髪の少女に同意を求める。
彼女は感情の欠落した顔で小首を傾げる。そんな彼女を見て、ゼンゼは苦笑する。

「なぁ、おまえ、何であの死神を相棒に選んだんだ?」

ゼンゼは素朴に問う。「おまえも、もう後がねぇじゃねぇか」

金髪の少女は、無意識に右目に巻かれた包帯に触れる。

「……ベロウは人間を嫌っている。だからこそ、余計な感情が生まれることがない」

「へぇ、じゃ、おまえの前の相棒も、使命を放棄したことで消えたんか」

ゼンゼはあっさりと言う。金髪の少女は無言で彼に振り向く。

「ま、あの死神なら、確かにその点は安心だな」

「あなたは、何故?」

金髪の少女は淡々と問う。「あなたの相棒は、危険だと思う」

「リンが?」

「以前見た時よりも、表情が豊かになっている。それがどういう意味かは、あなたならわかるはず」

ゼンゼは何も答えない。
金髪の少女は、小さく息を吐くと、目を瞑る。

「死神の補佐をするのが、私たちの役目。あなたも後がないのならば、せいぜい長生きできるように、彼女をコントロールするべき」

「当然だ」
ゼンゼは即答する。

「つかむしろ俺らがいなけりゃ、死神が暴走しっぱなしってもんだ。おまえの相棒もかなり手がかかるだろ」

「それは、ご覧の通り」
金髪の少女は小さく笑う。

そんな彼女をゼンゼは一瞥すると、「おまえ、名前は?」と尋ねる。

「名前なんてない」金髪の少女は素っ気なく答える。

ゼンゼは思案するように腕を組む。

「じゃ、これからおまえの名前は『ロボ子』だ」

「は!?」

突然の提案に、金髪の少女は目を見開く。

「機械的だから、ロボ子」ゼンゼは嬉々として説明する。

「ダサいから、嫌」

「名前ないと不便だろ。だったらおまえが考えろ」

ゼンゼは口を曲げて言う。
金髪の少女は、むっと頬を膨らませながら、思案する。

「…………ロコ」

数秒した後、金髪の少女は無愛想で消えそうな声でそう呟く。
そんな彼女を見て、ゼンゼは「あんま、変わんなくね?」と揶揄う。

その瞬間、ゼンゼの視界の隅にオレンジ髪の対象が目に入る。
秋月は、ゆったりとした足取りで山を登る。恐らく目下の小屋が目的地であろうことからも、身は隠しておくべきだな、とゼンゼは判断すると、その場に立ち上がる。

「よし、じゃ、ロコ。隣もん同士、これから仲良くしようぜ」

ゼンゼはロコの頭をポンッと叩くと、下に降りてリンの元へ向かう。

「赤髪の死神だけじゃない……」

ロコは、頭を軽く擦りながら、茫然と彼を見る。

「あなたも十分、人間みたいだよ」

 

***