「明日、有志観望会をしようと思います。行く人はこの後、前まで来てね」
金曜日、活動後のミーティング時に、教壇に立つ土屋さんは言った。
「有志観望会?」
ひとり言で呟くと、前に座っていた先輩がこちらに振り向く。聞こえてたのか、と身が縮こまる。
「部活動全体の活動、というよりかは、暇な人だけが行く観望会だよ。夕方頃に学校に集まって、レンタカーで山に向かってオールで過ごす感じ」
「絵に書いたような、青春ですね〜」
私はあほの子のように答える。
「ははっ、確かに」
先輩は笑う。「気になるなら、行ってみたらいいんじゃないかな」
「一年も行っていいんですか?」
「もちろん、もう立派なウチの部員だし」
部費も払ってるんだから、と先輩は言う。私は月夜に振り向く。
「月夜は、どうする?」
「私はパス。バイトあるから」
「観望会、夜からだけど」
「もろかぶり」
月夜は淡々と答える。私は眉間にシワを寄せる。
「それは、できるだけ働かないバイト?」
「お客さんの話を聞くだけ。割に良いよ」
「合法なの?」
「飲酒したら、違法だね」
月夜は真顔で答える。私は軽く頭を振る。
「月夜って、意外と働きものだよね」
「一人暮らしは大変なんだよ」
月夜は荷物をまとめると、立ち上がる。「空は行くの?」
「せっかくなら、行ってみようかなと」
「せっかくならね。ほら、もう集まってるよ」
ハッと教壇を向くと、土屋さんの周囲には人が集まっていた。天草も行くようだ。
じゃ、バイトだから、と月夜は手を上げて席を立つ。確か華の金曜日は稼げる、と以前言っていた。
遅れて教壇に向かうと、土屋さんと目があった。
「空ちゃんも参加?」
「は、はい……いいですか?」
「もちろん」
土屋さんは笑う。心がこそばゆくなって顔をそらした。
集まった人たちは、十五人程度だった。一年生は、私含めて五人のようだ。
「じゃ、免許持ってる二、三年生は、こっちきてくれるかな」
土屋さんが声をかけると、上級生たちの何人かが彼のもとに集まる。
「十五人か。ちょうどいいくらいだね。車は三台でいけそうかな」
「そうだね。予約しとくよ」
「今回は、行きと帰りで、ドライバー変われそうだね」
ドライバーさんたちは、チャキチャキと予定を立てている。無免許の私たちは、やることもなくソワソワ待機していた。
「俺も、来年までには免許取るべきかな〜」
天草は、頭に手をやりながら呟いた。
「天草、持ってないんだ」かくいう私も持っていない。
「原付きありゃいいかなって思ってた。金もかかるしさ」
「恒星、男は持ってたほうが良いぞ」
上級生の一人が彼に声をかける。「彼女できたときに、便利だから」
「そういう先輩は、持ってないんすか〜」天草はふくれっ面で言う。
「経験者だから、助言してやってんだろ」
上級生は、悔しそうに口を曲げた。
確かに、免許を持っていない人間から見ると、免許を持っている人は、大人に見えるか。
横目でドライバー会議に参加する土屋さんを見る。土屋さんは、運転できるんだな。
「な、倉木さんも、そう思うだろ?」
「えっ?」
いきなり会話を振られて背筋が伸びる。
「顔も中身も同レベルのやつがいたら、助手席に乗せてくれる男を選ぶよな」
苦笑する。判断基準がかなり限定的だ。
「まぁ……比べるところが、そこしかないなら」
「ほらな。悪いことは言わん。免許は取っとけ」
上級生は、同情するように天草の肩を叩く。天草はしかめっ面で私を見ると「まぁ、合宿行くのもありか」と呟いた。
ドライバー会議は終わったようで、土屋さんたちが私たちの元に戻る。
「おまたせ。じゃ、明日のことだけど……」
土屋さんはそう切り出すと、観望会について説明をはじめた。
***
有志願望会当日。夕方五時頃に部室に着く。
すでにレンタカーも停められており、部員たちが機材を運んでいた。天草は両手に望遠鏡を抱えている。
「空ちゃん、来たね」
声のした方へ向くと、喫煙所に土屋さんがいた。
黒ベースのパーカーに、細身のパンツ。いつものオシャレな彼の姿だ。
機材運びを後輩に任せ、一服中のようだ。
と、ふと、土屋さんにジッと見られていると気づく。
「土屋さん……?」
「空ちゃん、上着持ってきた?」
「え?」
「その格好だと、寒いかもしれないよ」
自身を見る。今日は、五分丈のワンピースを着ていた。
今は六月下旬。生地が厚いので、正直この格好でも少し蒸し暑いぐらいだ。
「私、暑がりなので、大丈夫です」
強がって拳を掲げる。土屋さんは、そんな私を見て表情を崩した。
「部長様は、一服中ですか〜」
二年生の先輩が、揶揄い口でこちらまで向かう。土屋さんは、動じることなく彼に振り向く。
「ほら、ドライバーは体力温存しとかないとさ」
「それなら、俺も温存しなきゃっすわ」
二年生は、肩をすくめながら、ポケットからタバコを取り出す。「今から四時間くらい運転しますしね」
「四時間!?」
思わず会話に入る。土屋さんと二年生は、私を見る。
「山は基本的にそれくらいかかるよ。空ちゃん車酔いとかない?」
「それは、大丈夫ですが……」
「ならよかった。ま、俺も気をつけるけどさ」
安全第一に、と土屋さんは笑う。二年生も「善処するっす」と肩をすくめた。
「あ〜倉木、サボっとる!」
突如、声が届く。この特徴的な声は、天草だ。
振り向くと、案の定天草だった。機材を運んで暑くなったのか、パーカーを脱ぎ、半袖になっている。
「空ちゃんは、俺らの相手してくれてたんだよ」
土屋さんが言う。二年生も、「一年生の女の子は、ここに存在することが仕事」と満足そうに言う。照れ臭くなって顔を下げた。
天草は、面白くなさそうに口を曲げる。
今回の有志観望会に参加する一年生は、私を含めて五人。中でも天草は身体が大きいので、先輩にこき使われていたのだろう。
「じゃ、準備もできたし、そろそろ行こうか」
土屋さんの声を合図に、各々車へと乗り込む。皆、機材準備で車の近くにいたからか、気付けば他の一年生も乗車していた。
完全に出遅れてしまった。どの車に乗ればいいかわからずに周囲を見回す。
「おい倉木、乗らねぇのか?」
天草の声が聞こえる。はっと振り向くと、天草が車の扉を開けたまま、こちらを見ていた。
導きの声に内心安堵する。私は小走りで天草の元へと向かった。
途端、腕が力強く掴まれる。
「どこいくの?」
耳元で低い声が聞こえた。遅れてラベンダーと灰の香りがフワリと舞った。
振り返ると、土屋さんが笑みの無い表情で私をジッと見ていた。
「つ、土屋さん!?」
「空ちゃんは、俺の車でしょ」
フッと目を細める。だが、その瞳には有無を言わせない力強さがあった。
一気に体温が上昇する。掴まれた手から彼にも伝わっているはずだ。
「い、いいんですか?」
「いいんじゃなくて、そう決まってるんだよ」
土屋さんは当然のように笑うと、車の扉を開けた。私は流されるまま、車に乗り込んだ。
窓から外を見る。天草は、軽く首を傾げながら、車の扉を閉めていた。何だか申し訳ない。
車内は、すでに三人が座っていた。助手席に、代わりのドライバーさん、後ろ座席に上級生二人だ。一年生は自分だけだった。
遅れて土屋さんは、運転席に座る。片手に缶コーヒーを持ち、運転席の近くに置いた。他の上級生も、カフェオレや紅茶などの飲み物を携えている。
炭酸ジュースを飲む自分が何だか幼く感じ、ペットボトルを隠すようにした。
車は三台で、一年生は五人。出遅れたことで、私だけ上級生のみの車に振り分けられたのだ。土屋さんがいるとはいえ、何だか気まずい。