夏休み➄



 八月下旬、合宿日当日。

 今年は、九州に二泊三日の合宿に行くことになった。交通手段は、フェリーを利用する。なので船中泊を含めると、実質四泊となる夏のビッグイベントだ。

「やっと、着いた……」

 最寄り駅に着いた瞬間、月夜は、低い声で呟く。キャリーを引く腕は重く、普段のポーカーフェイスも若干崩れていた。

「こんなに端っこなんだね」
 私は、周囲を見ながら言った。

 フェリー乗り場に午後六時に集合の為、月夜と向かっていた。フェリー場は当然海に近い位置で、かなり街から離れている。辿り着くまでに二時間以上かかった。
 私も若干疲労は感じていたが、それ以上に高揚感が勝っていた。

 ガラガラとキャリーを引きながら周囲を見回す。フェリーには乗ったことがないので、当然この場も初めてだ。
 規模は広くないが、空港のようにお土産店が並んでいた。長旅になるからか、服や靴などアパレル店も見られる。高級まくら店もあるので抜かりない。

 天文部の集団を見つけた。ざっと確認したところ、すでに半分以上は集合しているようだ。
 お土産店をふらつく人、集まって話している人、外に出て海を眺めている人。皆、様々に時間を過ごしてる。

 土屋さんを見つけた。彼の周りには、副部長さんや合宿企画の人など幹部が集まり、話し合っている。

 土屋さんは、近くの売店で購入したのか、カップコーヒーを所持していた。整った紫紺色の柔らかい髪、全身黒ベースでゆるく着こなされた服が、ガラス張りに映る夜空に溶け込みそうだった。
 
 私は気まずくなり、顔を強張らせながら視線をそらした。

「あ、空ちゃんと地咲さん。こんばんわ」

 私たちに気付いた土屋さんは、目を細めて手を振る。
 私は思わず肩を震わせる。そんな反応に、月夜は小首をかしげる。

「倉木さんと、地咲さんね、オッケー」
 合宿企画の人は私たちを見ると、手元のバインダーに何か書き込んだ。

「乗船開始が六時半で、出航が七時だから、六時二十分には集まるように。それまでは自由にしててね」
 合宿企画の言葉に返事をすると、そそくさとその場を離れる。
 視線を感じるが、気づかないようにした。

「お、おまえらも来たな」
 
 一年生集団の中心にいる天草は、派手なシャツを羽織り、頭にはサングラスを乗せている。まるで南国に向かうかのような格好だ。大きめのボストンバッグが足元に置かれている。

「女子は荷物多くて大変そうだな。地咲、顔死にそうじゃん」 

 天草と一緒にいる金城は、苦笑しながら言う。そう言う彼は、大きめのリュックだけだった。
 彼の言葉に、月夜は目で反応した。

 月夜は、言ったら何だが、外見から近寄り難いオーラがある。だが、金城はそんな壁を感じず彼女とも話す。
 そんな彼の出来過ぎた性格から、二人は同じ展示班で度々話すことがあるそうだ。

「おまえら、どうせフェリー初心者だろ。酔い止め飲んだか?」
 さっき買ったからやるぞ、と天草は差し出す。彼も初心者のようだ。

 念の為、彼から受け取った薬を、持っていた水で流し込む。月夜に尋ねるが、彼女は小さく首を横に振った。

「水族館、二日目なんだな。喋るセイウチとかいるらしいぜ」天草は喜々として言う。

「光るクラゲもいるらしい」
 月夜は続けた。

「クラゲって光るのか?」金城は問う。

「そう。種類によっては。早く見たい」

 真顔で言う月夜に、「そんな恐い顔で言わんでも」と金城が苦笑した。

 天草たちは、楽しそうに話している。
 突如、現実に戻された気がして、胸が痛くなった。



***

『合宿で行く水族館、一緒に回ろうよ』

 天文台でのイベント後、土屋さんにそう誘われた。

 だが私は、ちょうどイベント中に月夜や天草たち一年生数人で回る話をしていた。   
 できるだけ土屋さんの期待には応えたい。だが先約がある以上、断るしかなかった。
 そのことを伝えて以降、土屋さんからの返信が途絶えてしまった。

 やり辛くなり、無意識に後ろを向いていた。土屋さんは、変わらずに幹部の人たちと話している。
 土屋さんの態度は、普段と変わらなかった。気にしていないということだろうか。
 こちらの視線に気づきそうになったので、慌てて逸らす。

 土屋さんは、何で私を誘ったんだろう。何で私と一緒に回ろうと言ってきたんだろう。
 その理由が、わからない。
 いくら先輩とはいえ、皆の前で二人で回るのは、さすがに恥ずかしい。それに、周囲から変な勘違いされるのも、申し訳ない。

「天文部の人たち、そろそろ乗船始めるから並んでね」

 合宿企画の人が叫ぶ。その声に私たちは荷物を持って集まった。

***