夏休み➆



 しばらく観測をした後、旅館に戻った。

 明日も朝から行動する。日付が変わる頃に消灯した。
 スマホを触る。土屋さんから、連絡はない。
 
 私は自分が最後に送ったメッセージの「既読」という表示を見て気分が沈んだ。

 今日一日、土屋さんとは話していない。むしろ気まずくて私が避けるような行動を取ってしまった。顔が見られていない。

 私は、月夜と違い、感情を隠すのが苦手だ。
 私の返信で、土屋さんが傷ついていたら、土屋さんが残念に思っていたら、土屋さんが寂しい思いをしていたら。
 そんな勝手な妄想をして不安になる。

 八方美人だ。不安症だ。
 自分勝手な思考で、追いつめられている。土屋さんは何も思っていないはずなのに。

 水族館へ行くのは明日だ。
 悶々としたまま眠りについた。



***

 二日目。水族館に辿り着いた。

 バスから降りる皆は、ソワソワしている。今日一日は観光だったので気分が高揚しているのだろう。
 だが、私はいまだモヤモヤしていた。

「じゃ、今から二時間自由行動で」

 合宿企画の人が叫ぶと、皆、グループになって行動を始める。

 三年生幹部らと集まる土屋さんの表情に、笑みはない。
 勘違いだと、信じたかった。でも、私もそこまで鈍感じゃない。

 土屋さんは、機嫌が悪い。
 その理由は、恐らく私だ。

「よーし、じゃ、まずは無難に最初から見てくか〜」
 天草たちは、マップ片手に上機嫌に入場する。金城も羽織ったシャツを着直して後に続いた。

「空?」

 月夜の冷静な声で我に返る。気づけば立ち止まっていた。彼女の後ろでは、天草や金城が、首を傾げながらこちらを見ている。

「ご、ごめん……行こ」

 私は呪縛から逃げるように、水族館へと入った。

 平静を装って、館内を見回る。
 
 マンタや鮫など大きな海洋生物の入れられた大水槽から、タツノオトシゴやクリオネなどの珍しく小さな水槽、様々だった。
 夏休み期間が過ぎていることで、観光客もそこまで多くはなく、私たち天文部員ばかりだった。

 ふっと、無意識に目に入った。
 土屋さんは、三年生たち数人と回っていた。水槽を覗いては会話している。

 こちらに気づくと、伏目がちで視線を逸らした。
 私の中で、パキッと何かが割れた感覚だった。

 何だ。何だその反応は。
 未練がましそうな目だった。普段のしっかり先を見ている彼とは違う、不安の滲む色だ。

 もう、そんな態度されると、見過ごせないじゃん。
 
 私は、先に歩いていた月夜の元まで向かい、耳打ちする。

「ごめん、月夜……ちょっと別行動していい?」

 そう言って、視線を土屋さんに向けた。
 月夜は察したのか、「楽しんどいで」とだけ言って軽く手を振った。
 さすがの彼女に安心すると、私は土屋さんの元まで向かった。

 私が近づいてきたことに、三年生の上級生たちが気づく。
 そして、口元を緩めながら、水槽を見ている土屋さんを肘でこづく。

 土屋さんは、驚いた顔で私を見る。

「空ちゃん?」

「一緒に、回るんでしょ」

 彼に近づいて、低い声で言った。精いっぱい振り絞った声だった。
 視線が刺さる。恥ずかしくて消えたくなった。

 土屋さんは、数秒した後、いつもの笑顔になった。

「ふふっ、来てくれると思った」

「なっ」

「いじわるして、ごめんね」

 土屋さんは笑顔で言う。
 だが、その顔が安堵した表情にも見えたので、続ける言葉が見つからなかった。

「じゃ、そういうわけで。俺、空ちゃんと回るから」
 一緒にいた三年生たちにそう声をかけると、私の腕を引いて歩き始めた。

 そんなわけないと思いつつも、自惚れてしまいそうになる。勘違いしそうになる。
 ……勘違いしても、いいんだろうか。

「どうして、私と回りたかったんですか?」
 私は、土屋さんに尋ねる。

「わ、このエビ、すごい青いよ」
 土屋さんは聞こえないふりして水槽を覗き込む。
 私は、頬を膨らませた。

「これで許してくれますか?」

「許す?」
 土屋さんは不意打ちを食らったように、こちらを見る。

「土屋さん、最近私に冷たいですよ……。結構勇気いったんですから」

 ふてくされてそう言うと、土屋さんは眉を下げた。

「ふふ、そうだね。ごめん。大満足だよ」

 その表情が、普段とは正反対の少年のようだった。

「なんか、普段の先輩とは違いますね……」本音が漏れた。

「言ったじゃん。俺、結構こどもっぽいんだよ」
 土屋さんは、開き直ったように言う。

「欲しいものは絶対欲しいし、やりたいことはやりたい。わがままな、こどもだよ」

 水族館を堪能した後、お土産屋まで戻る。
 
「空ちゃん、これ良くない?」

 土屋さんは、キラキラしたものを私に向ける。クラゲと空がコラボしたステンドグラスキーホルダーだった。

「かわいいです」

「よかった。じゃ、買ってくるね」

「え、いや」

 慌てて手を振る。
 だが、土屋さんは「今日のお礼」と笑うと、レジまで向かった。

 私は、赤面して頭を掻く。

「どこが、子どもなんですか……」

 完敗だ。
 こう振り回されているのも、全て彼の手の上なんだろう。

 だが、土屋さんだから許せるところがあった。

***