第二セメスター:十月➃



 腕を引かれるまま辿り着いたのは、駅から少し離れた場所にあるホテルだった。
 夢の国ようなファンシーな装飾、壁には「宿泊五千円~、休憩二千円~」と大きく書かれた看板が掲示されている。
 そんな建物を茫然と眺める。

「ここは…?」

「んー、ラブホ?」

「えっ?」
 
 土屋さんを見るが、彼は平然としている。

「ここなら、普通のホテルじゃなくても気軽に入れるしさ。サービスも充実してるよ」

「や、で、でも……」

 勝手に下心のある妄想をして恥ずかしくなる。
 顔面中から汗が湧き出る。

 そんな様子を見て、土屋さんは笑う。

「心配しなくても、そんなすぐに手渡さないから。多分、きっと、ちょっとわかんないけど」

「全然、説得力がないですよ」

「ふふっ、でもカラオケとかじゃなく、ちゃんとベッドで寝たいしさ」
 今日疲れたし、と言う。

「空ちゃんは、いや?」

「い、嫌じゃないです!」

「よかった。じゃ、入ろ」

 そう言って手を引く。私は緊張した面持ちで後に続く。

 入口に向かう。駐車場には、ナンバープレートを隠す板がいくつもあった。
 普通のホテルでは感じられない危ない空気に、何故かドキドキしてしまう。

 ホテル内に入ると、目前に自販機のようなものが現れた。ホテルの部屋の一覧のようだ。
 ランプが光ってる部屋と、光ってない部屋がある。おそらく光っている部屋が空きなのだろう。

「空ちゃん、どの部屋がいい?」

 そう言って、土屋さんは私に尋ねる。

「ここは宿泊がどれも五千円だから、大体どの部屋も変わらないと思う。好きなの選んでいいよ」

 五千円といっても、二人で一万円はいく。
 そう考えてると、「あ、一応言うと」と土屋さんは補足する。

「これは部屋の料金だから、二人でこの値段だよ」

「そうなんですか?」
 驚いて大きな声が出る。
 初心者丸出しの返答に、土屋さんは笑う。

「心配しなくても、今日は俺が終電逃したせいだから、俺が持つから」
 
 適当な部屋を選び、エレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターが閉まると同時に、土屋さんは私の顔を引き寄せてキスをした。

「土屋さん……」

「ふふっ、我慢できなかったや」

 エレベーターから下りると、廊下に掲示された番号が点滅していた。案内をしてくれているようだ。
 部屋前にたどり着くと、土屋さんは部屋の番号を確認しドアノブをひねった。

 室内は、間接照明とピンク色の壁紙。まるで夢の国が続いていると錯覚するような、大人の楽園だった。
 玄関横に小さな扉がある。開けると、机のような置き場だった。
 
 と、そこでふと違和感に引っかかる。

「ここって、店員さんいないんですか?」

 普通のホテルと違い、チェックインの際に店員の顔が見られなかった。

「いるよ。でもできるだけ、顔を合わせない配慮はされてるんだろうね」

 土屋さんは、ソファに腰を下ろしながら答える。

「俺らみたいに純粋に付き合ってる人間ばかりじゃないし、ほら、家庭を持ってる人とかが来るとさ、まずいでしょ」

 納得した。駐車場のナンバープレートが隠されていた理由もそのひとつなんだ。
 玄関の扉も、恐らく食事を運ぶ際に顔を合わせないため。

 土屋さんは、机上に並んだメニューを見る。そして私に向けた。

「宿泊だったら、モーニングがついてくるって。あと女性サービスが結構あるよ」

 そう言って手招きする。私は恐る恐る土屋さんに近づく。

 メニューには、朝食モーニング無料と書かれていた。

「モーニング料金も宿泊代に入ってるから」

「すごく、サービス良いんですね」

「でしょ」
 土屋さんは笑う。「どれがいい?」

 私はメニューをゆっくりと見る。
 洋食は、トーストやハムエッグなど、和食は、魚とご飯などのいたってシンプルなモーニングセットだった。

「私は洋食で」

「ん、アメニティサービスとかもあるけどどうする?」

「もらえるもん全部もらってください」

「ふふっ、さすがだね」

 土屋さんは室内の電話を取り、ダイヤル九番を押した。モーニングの予約をしている間、私は部屋の中をじっと見回す。

 普通のホテルとは違い、壁紙の色は華やかなピンク色で装飾もきらびやかでこだわっている。テレビは大きく、日用品や下着なども売っている自販機のようなものもある。

 立ち上がって洗面台の方へと向かう。洗面所には、歯ブラシから部屋着までアメニティ一式揃えられている。風呂場にも、シャンプー、リンス、トリートメント、洗顔料なども備わっていて、私のような全く手ぶらで来た人間でも問題なく過ごせそうだ。

「なーに、してるの?」

 後ろから抱きしめられる。ラベンダーの香りがふわりと舞った。

「土屋さん……」

「初めての場所に興奮してるの?  本当に初めてなんだね」

 私は恥ずかしく思いながらも小さくうなずいた。
 その反応に満足したのか、土屋さんは笑うと、さらに強く抱きしめる。

「今日一日、こうやってできていなかったからね。この場所だったら誰にも見られないし」

 とろんとした声に安堵する。その顔は、今まで部活で見ていた引き締まった部長の顔ではなく、私に甘えるようなそんな表情に見えた。
 私しか知らない、土屋さんの顔。こんな表情するんだ。誰に対してもなく優越感を感じた。

「テ、テレビ見ましょう」
 そういってスイッチを押すと、画面にでかでかとアダルトビデオが表示された。

「なっ!」

 思わずスイッチを消す。そんな反応に、土屋さんはお腹を抱えて笑う。

「な、なんであんなものが……」

「ま、一応そういうことする場所だからね」

「そういうことするとこ……」

 震えていると、土屋さんがリモコンを取る。あっと言った時にはテレビがついていた。
 が、普通の地上波だった。

「見たかった?」

「見たく、ないです!」

 それからしばらくテレビを見て、軽食を食べたり過ごした。まるでカラオケのようにメニューが豊富だ。

 今日行ったテーマパークの話をする。あの時の延長線のようで、やっぱり一緒にいれてよかったなと感じる。

 時計は十二時を回っていた。そろそろお風呂に入りたい。

「すみません、私シャワー入ってきます」

 そう言うと、土屋さんも立ち上がる。

「それなら俺も入ろうかな」

「えっ」

 私は引き攣った顔で振り返る。土屋さんは、ん? と首を傾げる。

「それは、ちょっと待ってください……。まだそこまでは、ハードルが高いです」

「ウブだね〜空ちゃん」

 土屋さんは、私の反応を楽しんでいる。
 だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「少しずつ、段階踏ませてください……」

「はぁい。待ってるよ」

 お辞儀をすると、浴室へと向かった。

 今日の汗を全部流すように、入念に肌を洗った。
 ホテルに備えられていたボディソープは、とても高級な香りがした。

 無心で肌を洗いながら、思案する。

 恐らく、いや確実に土屋さんは、慣れている。
 過去に付き合った人とも、こういう場所に来ていたのだろう。そして、先ほどのテレビのようなことをしたのかもしれない。

 胸が暗くなる。彼の大人で余裕のある振る舞いが、私との経験の差を感じてしまう。
 土屋さんは、他の女の人にもこんなに優しくしていたのかなぁ、愛でていたのかなぁ。
 胸の奥がドロドロした感情に支配される。

 過去なんて変えられないのに、嫉妬してしまう。
 今は私の彼氏なのに、悔しくなる。

 土屋さんは、私のものなのに。

 シャワーから上がり、バスローブに着替えて、部屋に戻る。

 土屋さんは、ソファでタバコを吸っていた。リラックスしている。初めて会った時の姿と重なった。

「あ、ごめんね。断りもなく吸っちゃって……」

 慌てて火を消そうとするが、ブンブンと頭を振る。
 土屋さんは、いいの? と首を傾げるが、私は隣に座る。

 じっと、土屋さんを見つめる。土屋さんは、隣にいる。今は私の彼氏になったんだ。

 私の異変に気づいたのか、土屋さんは、タバコの火を消した。

「土屋さ……んんっ!」

 強く、唇を塞がれた。香ばしい灰の香りが混じり、少し苦い。

「ね、何を考えてた?」

 土屋さんは、低く、冷静に言った。

「空ちゃんに、そんな不安にさせるようなこと、俺しちゃった?」

 全部筒抜けだ。彼に隠すことなんてできない。

「いえ……私が勝手に落ち込んでしまっただけです……」

「落ち込む?」

「土屋さん、あまりにも慣れてるから、きっと、他の人ともこういうところ来てたんだろうなって……」

 そう言い終わる前に、強く抱きしめられる。そして再び、唇を重ねた。
 舌が絡み合い、呼吸が乱れる。

「空ちゃんより、少しだけ経験はあるけど、でもそれは過去のことだよ。今は関係ないし、空ちゃんしか見えてない」

 そう言うと、ぎゅっと抱きしめた。

「俺も風呂入ってくるよ。それまで……寝ちゃやだよ?」

 低く、甘い声で囁く。私が赤面しながら小さく頷くと、土屋さんは満足したように頭を撫でて、浴室へと向かった。

 ベッドで寝転んでいた。頭が土屋さんでいっぱいだった。もう土屋さんのことしか考えられない。

「おまたせ。ちゃんと起きててくれてたんだね」
 土屋さんは、バスローブでこちらまで来ると、寝転ぶ私の隣に寝転ぶ。

「土屋さん……」

「さっきの続き」

 私の髪を撫でると、唇を重ねた。ミントの清潔感ある香りが口いっぱいに充満する。先ほどよりも長く、絡みつくように舌を回す。

 土屋さんが、もっと欲しかった。土屋さんをもっと、感じたかった。

 欲求のまま彼の背中に腕を回すと、土屋さんはグイッと身体を反転させ、私の上に覆いかぶさった。唾液で艶のある唇が光る。

「土屋さん……」

「もう、逃さない」

 そう呟くと、再び唇を重ねた。唾液が絡み合い、思考は回らなくなる。

 土屋さんは、私のバスローブの中に手を滑り込ませた。彼の温かい体温で身体が反応する。

 撫でるようなその手にくすぐったく、心地良い。

「空ちゃん……可愛い……可愛い……」

 唇は、次第に耳、首筋、と身体に這わせる。その度に小さく声が鳴った。

 恥ずかしい。でも堪えられなかった。

 手が膨らみに触れる。突起したそこに触れないよう焦らす。

 バスローブは乱れ、唇は身体を滑った。突起に触れた瞬間、思わず声が上がった。 
 ゾクゾクとした感覚がこみ上げる。土屋さんはそんな私の反応を楽しむようにさらに入念に嗜む。軽く噛み、唾液の滴るほどに甘く舐めた。耐えられなくなり、声が何度も漏れた。
 
 手は次第に一番敏感な部分に触れる。滴る愛液に恥ずかしくなり、爆発しそうになった。指が触れると、クチュッと水分のはらむ音が鳴った。つぷっと指が中に入ると、次第に激しく掻きまわされ、水音を立てた。

 快感が訪れ、何度も声が上がった。次第にスゥッと頭の中が真っ白になり、身体が脈打つようにびくりと跳ねる。痙攣するように何度も身体がビクビクとした。そんな私を見て、土屋さんは満足気な表情をする。

「あ~~~……かわいいね空ちゃん……大好き……」

 土屋さんは服を脱ぐと、私を力強く抱きしめる。「そろそろ我慢できない」と耳元で囁かれると同時に、硬いそれを押し付けた。

 



***

  インターホンで目が覚める。モーニングが届いたようだ。

 私は目を擦りながらベッドから起き上がる。
 と、土屋さんに腕を引かれた。

「ちょっと……!」

 私の言葉も待たずに、抱きしめ、肌を擦り寄せる。衣服の緩衝のない肌同士が密着し、ダイレクトに体温を感じる。

「土屋さん……朝ごはんきましたよ」

「俺の朝ごはんは、空ちゃんだよ」

 そう言うと、唇を重ねた。硬く突起したそれを私の身体に当て、誘っていた。

 昨晩は、彼に誘導されるまま、身体を重ねた。初めての経験で、本番はキツくて痛くて、よくわからなかった。
 未だにズキズキする。でも、土屋さんと繋がれた、ということだけで満足だった。

 彼の欲求に応える。まさに朝ごはんを食べるように、されるがままだった。

 彼の欲が発散されたと同時に、モーニングを取った。

「空ちゃん、かわいかったな〜」
 土屋さんは、昨晩のことを思い出しているのか、空を見ながらニヤニヤ笑う。

「……恥ずかしいです」

「俺の前では、全部見せてよ」

 朝ごはんを食べ終わると、ホテルを出た。

 今日が平日だったことをすっかり忘れていた。木曜日は、二時間目から講義があるが、もう間に合わない。出席点はないので、土屋さんと一緒に取っている三時間目を目指して学校へ向かう。

 高校生までは授業をサボるということが想像できなかったが、大学生になってからは、あっさりと割り切れてしまう。
 何となく、わかった気がした。

「こうして、落ちていくのか……」

 土屋さんは、手を差し出す。私は彼の手をぎゅっと握ると歩き始めた。

第2セメスター:10月 完