第二セメスター:十月➂



 水曜日。この日は元々講義が少なく、私も休日にしていた。土屋さんの研究も休みなようで、私もアルバイトのシフトを開けていた。
 この日は、土屋さんとテーマパークへ遊びに行く予定だった。

 付き合ってから毎週会っているが、飲食店での食事が中心で、休日デートは初めてだった。
 その為、気合の入りも格段に違う。

 普段会うときは、学校帰りやアルバイト帰りだったので、服やメイクにも時間が掛けられなかった。
 今月のアルバイトの給料は、この日の為の服や化粧品に当てた。自由な大学生活を送る為に始めたバイトの給料を目いっぱい使えることが幸せだ。
 ネットの初デートの際の記事などを片っ端から参考にして、予定を立てていた。

 待ち合わせは、駅に九時集合だったので、朝五時起きで準備した。
 起きて一杯白湯を飲む。それからお風呂に入り、パックをしながらストレッチ。身体がほぐれたところでバランスの良い朝食を取る。
 スキンケアにも妥協せず、クリームで肌をマッサージした後、日焼け止めを塗り、ベースメイクを完成させる。肌に馴染むまで時間をかけて入念に顔を作り上げる。

 髪も、アイロンでセットし、スプレーで固定する。アトラクションに乗るので多少乱れても気にならない程度のアレンジにした。
 
 服は、見た目よりも機能重視。アトラクションがメインなので、スカートやサンダルは避ける。パンツスタイルでスニーカー。服は、一番印象が変化できるが、そのせいで逆に気を使わせるのは嫌だった。

 準備が完了し、待ち合わせに向かった。

 駅に、土屋さんの姿が目に入る。
 
 普段の黒ベースの服。彼は細身なので、ゆとりあるオシャレなデザインの衣装がかなり映える。
 耳や指、首から下げられたシルバーのネックレスが、普段よりも大人な雰囲気を出していた。
 
「や、空ちゃん。おはよう」

 私に気付いた土屋さんは、軽く手を上げる。そして少し驚いた顔になる。

「な、何でしょうか……?」

「いつも以上に、かわいい」

 そう言って私の腰を引き寄せると、額にキスをした。駅にも関わらず、ナチュラルにスキンシップを取る彼がどうしようもなく大人だ。
 ここ数週間頑張った努力が、一瞬で報われた気分だ。

「じゃ、行こうか」
 そう言うと、手を差し出す。

 意味がわからず首を傾げると、「もー」と土屋さんは苦笑し、私の手を握った。

「ご、ごめんなさい……うとくて」

「ふふっ、少しずつ、ね」

 今日訪れるテーマパーク。今はハロウィンの時期でもありハロウィンイベントがやっている。仮装も可能だった。
 パレードやアトラクション、装飾もハロウィン仕様になっているらしい。

「空ちゃんは、恐いもの平気?」

 車内、イベントのことを話している時に、土屋さんが尋ねる。

「あまり、得意ではありません……」

 正直に打ち明けると、土屋さんは、うんうんと納得するように頷く。

「夜になるとパーク内にゾンビが出てくるイベントがあるみたいだから、それまでには帰ろうか」

「土屋さんは、いいんですか?」

「苦手ではないけど、空ちゃんが苦手なら別にいいかなって。あ、でも、怯えてる空ちゃんはちょっと見たいかも」
 そう言っていたずらに笑う。

「……性格、悪いですよ……」

「どんな空ちゃんも、見たいんだよ」

 土屋さんは、否定することなく流した。



***

 久し振りに訪れたテーマパークに、子どもみたいにテンションが上がった。
 土屋さんは、まるで私の保護者のようで、紳士で大人だった。
 平日なので、人もほど良い。

 コースターで絶叫し、パレードで歓声を上げる。
 心からテーマパークを堪能した。

「空ちゃん。記念写真撮ろう」
 オブジェクトの前で土屋さんは手招きする。私は隣に寄る。

「はい、じゃ…」
 シャッターを切る前、土屋さんは私の顔を引き寄せ、頬にキスをした。

 撮られた写真には、土屋さんにキスされた私の驚いた顔が写っている。

「ちょっ、ちょっと先輩!」
 恥ずかしくて土屋さんに振りかぶる。そんな様子を見て土屋さんは笑う。

「ふふっ、良い表情撮れたじゃん」

 気分が高揚していた。土屋さんと過ごす時間が夢のようで、覚めてほしくなかった。
 そして気付けば日が暮れていた。

「午後六時からゾンビ解放だって。そろそろ帰ろっか」

 土屋さんがそう言うと、私は視線を落としながら頷いた。
 
 
 テーマパーク外で夕食を食べ終えた後、手を繋ぎながら駅まで向かった。

「今日は一日ありがとうね。遅くまでありがとう」

 帰宅の路線がわかれることで、ここでお別れとなる。
 時刻は午後十時。土屋さんの実家は離れている為、次の電車に乗らなければ終電がなくなると言っていた。

 顔が曇る。寂しい。

 こんなに楽しい一日を終わらせたくなかった。
 終電がなくなるのに、もう少しだけ一緒にいたい、と思ってしまう。

 電車到着のアナウンスが鳴り、ホームに電車が辿り着く。

「じゃあ、明日の講義で――」

 そう土屋さんが言った瞬間、表情がふっと変わった。
 突如、土屋さんは、私の腕を引き、ホームから離れ始める。思考がついていかない。

「つ、土屋さん、電車……」

「帰せないよ」

 低く、沈んだ声で言った。そしてゆっくりと私に振りかえる。

「空ちゃんに、そんな顔されて、帰れるわけないでしょ」

 バレてしまった。 
 私は卑怯な人間だ。感情がすぐ顔に出てしまう。
 こういう時に、月夜に憧れる。

「で、でも……土屋さん、あの電車に乗らないと、終電間に合わないんじゃ…」
 
 そう会話している時に、プシューと扉の閉まる音が聞こえた。

「そうだね。もう終電ないや」

 その余裕さは、まるで困ってないと言いたげだ。

 どうしたら良いかわからずうろたえていると、土屋さんは私に近づく。

「だからさ、――――今晩一緒にいて?」

***