変化が起こった。
それは、金城の隣には、大抵水谷さんがいることだ。
水谷さんは、班はもちろん金城と同じ展示班で、最初と最後のミーティングでも、必ず彼の隣に座る。普段彼と一緒にいる私たちは、距離感に困惑していた。
部活動だけでなく、学内でも同様だった。あれだけ毎日誰かと一緒に過ごしていた金城の隣に、必ずプラスイチで水谷さんが追加される。同じゼミと言っていたので、学部も同じで、講義が被っているのだろう。
まるで金魚のフンだな、と内心思った。金城とは部内の中でも仲の良い友人なだけに、正直、こちらもやり辛い。
「おもしろくねぇ」
ミーティング後、天草は、活動教室に向かう金城と水谷さんの背中を見ながら吐き捨てる。
「それは、ヤキモチ?」
内心激しく同意しながらも、揶揄うように問う。
「女の後輩に懐かれていることがだ」
天草は口を曲げて言った。そっちかい。
「そりゃ、彼女なら仕方ねぇよ。でも違うだろ」
「多分、水谷さんは金城のこと気に入ってるよね」
そう言って横目で月夜の反応を見る。だが、彼女は「そうね」と興味なさそうに返答しただけだ。
あの調子だと、展示班活動中も、水谷さんは金城にべったりに違いない。
少しだけ金城に同情した。水谷さんと一緒にいる時間だけ、月夜と話す機会が減る。
面倒見が良いのか、お節介かきなのか。どっちにしろ、彼が感情を表に出さないだけ、やはり出来すぎた性格だな、と思った。
***
金曜日。今日は月夜が休みだったので、部活終了後、一人でバス停に向かった。
バス待機列の後方に、見慣れた後ろ姿を見つけ、おっと思いながら声をかける。
「金城」
「わっ」
普段通りをかけたつもりだが、金城は大げさに肩を震わせた。過剰な反応にポカンと口を開ける。「どうしたの?」
「あぁ、倉木か。びっくりした」
金城は、私の顔を見ると、安堵したように息を吐く。過敏になってる原因が何となくわかった。
「水谷さんだと思った?」
軽口で返したが、金城はわかりやすく困惑したので、慌てて手を振る。
「や、ごめん。冗談だったんだけど。そこまで困ってるとは」
「いや、別に、困ってはいないんだけどさ」
金城は、頭をかきながら答える。「ちょっと疲れた、というか」
「さすがの金城も疲れるんだ」
「さすがって何だよ」
金城は苦笑する。「そりゃ毎日ずっとくっつかれると、誰だって気も使うだろ」
「かわいい女の後輩だしね」
「それな」金城は、もはややけくそに応えた。
ゴォォッと音と共にバスが到着した。扉が開き、並んでいた人たちは順々に乗車する。
私たちの順番は、前から五番目だったので難なく着席できた。
「水谷さんって、自分から話すの?」
私は何気なく問う。自己紹介の印象からも、お喋りには見えなかった。
「話すよ。話すことは好きみたい。俺はいつも聞いてるだけ」
金城は肩をすくめる。さすが、女は基本、話を聞いてほしい生き物だと理解している様子だ。
「自己紹介の時は、猫を被ってたわけだ」
「気を許した相手にだけ話すって感じだよ」
さらりとフォローを入れる。相手が誰であれ言葉を選ぶ彼の振る舞いは、幼少期から根付いた無意識なクセだろうな、と家柄が感じられた。
彼と話すたびに好感度が上がる。やはり出来過ぎている。
金城は、窓に顔を向けると、小さく息を吐いた。
「偶然ゼミが一緒になっただけなんだけど、まさかあそこまで懐かれるとは思わなくてさ。というか何というか…」
金城は言い辛そうに口籠る。私は彼を一瞥する。
「多分、金城のことが好きだと思う」
そう言うと、金城は「やっぱそうか」と表情を崩した。
「何となくそういう気はしててさ。自惚れてるわけじゃないけど」
金城の発する言葉には、驕りには感じない。自覚して、隠すことなく口にできるところがむしろ爽やかだ。
だが、投げやりに視線を遠くに向ける彼の表情が、どこか諦めているようにも見えた。
「あいつも俺ばっかだから、友達も全然できてないだろうし、ますます俺から離れられなくなったんだよなぁ」
「金城は、困ってる人をほっとけないんだね」
「俺がいないとダメなんだよ」
「別に彼氏でもないのに」
「そうだけど」金城は苦笑する。
「でも、だめなんだ。あいつを一人にさせたら」
「大げさじゃない?」
「大げさじゃないよ」
そう言うと金城は、自らの手首に触れ、指でなぞるようにした。
「偶然……見えてしまってさ。いや、厳密には見せられたんだけど。あいつ、薬に頼りすぎたり、ひどい時は自分を傷つける癖があるっぽくて」
私は口を閉ざす。水谷さんは、いつも長袖を着ていたので気づかなかった。彼が言わんとすることは伝わった。
「一人になると寂しくて生きてるって実感出来なくて、オーバードーズしたり自傷行為をしてしまうらしい。去年色々あったみたいで、やっとメンタル戻ったみたいだけど、まだ不安定みたいだし。だから、誰か一人でもあいつの傍にいないとさ」
金城は、滔々と語る。
正直、外野から見ると、彼はただ良いように使われてるようにしか見えない。だが、例え他人でも、不安定な人を見過ごせないのが金城という人物なんだろう。
「金城は、それでいいの?」
月夜のことが気になった。
同じことを考えているのか、金城は少し思案するも、「俺、困ってる人をほっとけない性格でさ」と空を見上げる。
「前に、恒星が言ってた質問あるだろ」
「自分だけ助かるか、自分が犠牲になるかってやつ?」
そう問うと、あぁ、と金城は頷く。
「多分俺は、自分を犠牲にするタイプなんだと思う」
***