第三セメスター:六月➂



 久し振りに飲み会があった。特に何かの記念でもないが、「同期だけの飲み会って今までやったことなかったろ」と天草が計画したものだ。

 最近は、こういう部活動などの飲み会も土屋さんは嫉妬する。だが、さすがに私も折れる気はなかったので、彼を説得して参加の了承済みだった。
 手術を終えたタイミングだったので、楽しみにしていたのだ。

 同期だけの、何もジャマされない飲み会だ。

「今日は、仕事ないの?」

 私は、隣を歩く月夜に問う。月夜は、少し間を置いて「ないよ」と言った。
 
 最近、自分のことで精一杯だったが、月夜はいまだに部活動に不参加だった。復帰するタイミングがわからないという。
 気の許せる友人のいない部内は寂しい。この飲み会で、少しずつ戻れたら、と願うばかりだ。
 
 虹ノ宮内で飲み屋の連なる街の待ち合わせ場所によく使われる無名の武将の土下座像の前には、天文部二年生の姿がほとんどあった。普段飲み会に参加しない部員たちもいる。先輩や後輩がいない空間だからか、はたまた天草の人望か。
 主催の天草はもちろん、金城の姿もある。珍しく隣には、水谷さんの姿がない。

「説得できたんだ?」

 金城に近づきながら揶揄うように言うと、金城はこちらに振り返り苦笑した。

「ま、ちょっと色々あってさ」

「色々?」

「後で話すよ」

 そう言った金城の表情は、妙に清々しかった。
 私は首を傾げていると、金城の顔が変わった。

「地咲、久しぶりだな」

 金城は、月夜に軽快に話しかける。その表情が、久しぶりに見た彼本来の顔だ。無意識に頬が緩む。

 話していると、天草が私たちに気付く。

「おし、おまえらも来たな。あとは遅れてくる奴らだし、先にいくか」

 天草はそう言うと、先陣切って飲み屋へと向かった。後に私たちがぞろぞろ続いた。

***

「じゃ、今日は初めて同期だけの飲み会ってことで、今日は気を使うことなく過ごしてくれ。じゃ、乾杯!」

 天草がグラス片手にそう言うと、周囲から「かんぱーい」とカツンとグラスの音が鳴った。
 私は端の席に座り、その隣に月夜、前には金城、私の前には天草、という位置だった。

 大人数の飲み会では、歩き回る人が端の席に座る習性があるように見える。ただし、一番奥の席を除く。実際天草も、乾杯のために机を回っていた。

 私は成人したのでお酒が飲める。四月生まれの月夜も飲めるようだ。

「カルーアミルク。甘くて飲みやすいけど、度数高いから、飲み過ぎないようにね」

 月夜はメニュー表を見ながら言う。さすが夜のバイトをしているので、お酒については詳しいのだろう。ワインを口に運ぶその姿が大人、だ、と改めて思った。

 彼女はすでに、赤ワインを三杯以上は飲んでいるはずだが、酔ってる様子はない。表情に全くでないザルなのかもしれない。

「地咲、お酒強いんだな」

 金城は笑う。その言葉には感心もこもっていた。
 彼はまだ成人していないようで、手にはジンジャーエールの入ったグラスを所持している。

「赤ワインって、結構キツいって聞いたんだけど」

「私にとったら、水だよ」

「嘘だろ」

 金城は楽しそうに笑う。水谷さんがいるが、やっぱり彼は月夜が好きなんだな、と感じられた。

「なー、地咲。キャバクラで働いてるってマジ?」

 突如、下劣な声が降る。
 酔っぱらった同期二人が近づいてきた。その表情はニヤニヤして下心丸出しだ。同じ天文部とはいえ、あまり話さないグループの人たちだった。

 月夜は、澄ました顔のまま彼らを見る。

「地咲が夜職とか、滾るんだけど」

「なぁ、俺らにも、接客してくれよ」

「おまえらな……」

 金城は、警戒心丸出しで彼らを睨む。
 だが当の本人、月夜は、顔色を変えずに質問してきた人を見つめていた。

「十万」

「は?」同期は面食らった顔をする。

「最低でも、十万は必要」
 月夜は、表情を変えずに言った。

「指名料、そしてドリンク代。私は中々酔えないから、少なくともボトルは必要。接待してほしいなら、対価を支払って」

 月夜は、ゴミを見る目で淡々と言った。
 同期は、顔を真っ赤にして「ふざけんな」とこの場を後にした。

 年齢は同じはずなのに、経験の差が歴然だ。月夜の方が一枚上手だった。

「十万って、凄いね……」
 私は月夜に声をかける。つい先日同額の重みを感じただけに尚更実感した。

「一応、売れてるほうなので」
 月夜は、真顔のまま、グラスに口をつける。

「十万か……」
 金城が、茫然と呟く。

「金城?」

「いや、何でもねぇ」
 金城は、煩悩を払うように頭を振る。月夜は、再びワインを注文していた。

***