第四セメスター:十月➀



 目の前が、真っ暗になった。

「十個……」

 スマホを持つ手が震え、顔面が蒼白になる。

 今日は、成績発表があった。
 取得できた単位数は十。フル単位である二十四単位の半分以下だ。過去最低の取得数だった。

 私は、ベッドに倒れ込む。

 思い返せば、春は色々とあった。そのせいで、講義を休む日も多くなった。落ち着いて空を見る余裕すらなかった。

 私は、目を閉じる。そして大きく息を吐いた。

 全部、言い訳だ。
 でも、確実に悪影響が数字で出てしまった。
 その原因は、確実にひとつしかない。

 毎週ホテルへ行き、さらに手術費用でお金がない。精神はすり減り、好きなことも楽しめない。
 さらに成績でも結果が出てしまった。

 今までは「感情」を優先していたが、数字という目で見える影響に、頭が冷えた。
 こんな状態でもなお私は、「愛されている」の一点のみで人生を歩むのか。
 
 この大学に来た目的は、何だ。
 私は、自分の人生を歩む為にこの大学に来たんじゃないのか。

 私は目を閉じ、大きく息を吐く。そしてこれから取る行動について頭を巡らす。

 この結果は誰かのせいじゃない。自分のせいだ。
 だから何かを変えるには、自分が行動するしかなかった。

 自分の為にも、私は土屋さんと別れることを決意した。

第四セメスター:十月

***



 別れよう。
 この言葉が、出てこなかった。

 ホテル内、土屋さんは、ソファでタバコを吸いながら、渡したお土産を見ている。いつもの私とは違う空気とは気づいているはずなのに、気づかない振りしてるのだろうか。

 こんな言葉を言えば、どんな反応が返ってくるかは想像できている。現に恐くて、私はきっちりと薬指に指輪をつけている。

 このまま、彼に流されて生きていくのだろうか。

 金城と月夜の二人を見て羨ましいと思ってしまった。純粋にまっすぐに、お互いを愛し合う。私たちも最初はそうだった。
 最初は、土屋さんを見るだけで胸がドキドキした。少女漫画のようで、土屋さんの言動に一喜一憂し、そんな片想いしている時間が本当に楽しかった。

  だけど今は、流れで、作業のように一緒にいる気がする。恋愛感情というものが消えてしまった。お金も時間も彼優先だったはずなのに、今では優先できなくなっていた。
 ただ私を心から愛してくれているという点だけで繋ぎ止められていた。

 土屋さんも、気付いていないわけがない。
 最近は、部活に行くだけでも嫌な顔をするようになった。明らかに以前より嫉妬しやすくなっている。確実に不安からきてしまうのだろう。お互いを信用していたら、自分より魅力のある人間なんていないと自分に自身があったら、例えば異性と二人で会っても不安にはならないはず。実際私は、私より好きな人がいるわけない、と内心思ってることで不安にはなっていない。
 
 私が精神的に離れていることを焦っている。だから些細なことでも不安になり、そのせいで私は、さらに感情が離れてしまった。確実に悪循環だった。

「沖縄いいなぁ~俺らのときも沖縄だったらよかったのに」

 ふと、我に返る。土屋さんを見ると、渡したお土産のひとつである紅芋タルトのパッケージを開けていた。

「美味しいものも多いし、海もきれい。そういや今年は海、いけてないね」

 土屋さんは紅芋タルトの個包装を解き、口元に運ぶ。紅芋の紫のカラーが彼に合いそうだな、と無意識に手にとっていたものだが、想像通りマッチしていた。

「昴は就活や研究室あるし、仕方ないよ」

「そうだね。ごめんね。ま、今年いけなくても、焦る必要はないか」

 土屋さんは、紅芋タルトに齧りつく。その様子を私は黙ったまま見ていた。

 結局その日は、何も言い出せなかった。

***