土屋さんと別れてからの平日。毎週会っていた水曜日に予定がないのが、違和感があった。
あれから連絡は来ない。正直、電話だけで済ませた私も悪かったと今更思うが、もう後には引けない。
彼は、彼なりに前を向いて歩いてほしかった。
土曜日。天草と一日遊ぶ日だ。
よく考えると、天草と二人で遊びに行くのは初めてだ。土屋さんと恋人になって以降は、他の異性と二人で遊ぶこともなかったんだ。
少し緊張する。だが天草は友人だ。普通にしなければ。
待ち合わせ場所の駅で天草を見つける。いつものスポーツブランドのダウンではなく、ロングコートを着用していた。身長が高いので様になっている。大人な雰囲気のスタイルで無意識に反応する。
「おっす。寒いな」
「ね、寒いね」
カラオケに入った。先ほどまでの寒気が遮断された空調の効いた室内が居心地が良い。
受付を終え、ドリンクバーでドリンクを受け取ると、個室に入った。
天草は、さっそくマイクとリモコンを準備した。
「歌う気満々じゃん」
「消費して身体あっためねーとさ」
天草は歌う。マイクを持つと別人だった。私は、再び聞き惚れる。
「おまえも歌えよ」
天草は、どこか恥ずかしそうに言う。
私は、ううん、と頭を横に振った。
「もっと、天草の歌が聞きたい」
そう言うと、天草はそうか? と口元を歪めた。
時間の限り遊んだ。美味しいものをたくさん食べ、そして夕方頃には力尽きた。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
駅に向かう途中、私は天草にお礼を伝える。
「俺も、楽しかった」天草は笑う。
「私、ここ最近は、ずっとメンタルがダメダメだったし……ほんと、天草がいてくれて良かった 」
改めて友人の心強さを実感した。
天草は、しばらく思案すると「何だかなぁ」と天を見上げた。
「友達って、何だろな」
「え?」
「男女の友情って、俺は成立しないと思ってるんだ」
以前、金城にも質問がされたことがあった。彼は彼なりの意見を所持していた。
「えっと、どういう……」
突然、何を言おうとしているのかわからなかった。
天草は、長い間沈黙すると、決心したように私を見た。
「俺と一緒にいろよ」
何かあったら俺のところに来い。
以前、彼に言われた言葉を思い返す。その時とは少し意味合いが違うように思えた。
私は、天草の顔を伺う。彼は真剣な目で、私を見ていた。
「すぐに決めなくていい。お前の状況もわかってるから。でも悪い、今、言わないと、そろそろ俺も限界だった……」
天草は、やり辛そうに顔をそらす。彼なりに限界だったようにも感じて言葉が出ない。
男女の友情は成立しない。
友人だと思っていたはずなのに、やはり異性という認識でしか相手を見ることができない、という意味なのだろうか。
天草を見る。すぐに決めなくていい、と言いながらもこの場を離れる様子はない。
俺のところに来い。
私は、思い返す。あの言葉を言われてから、すでに気持ちが固まっていたのかもしれない。
「私は、誰かと一緒に空を見たかった」
気づけばそう言っていた。
天草は驚いたように目を見開く。
「でも、彼氏ができてから、段々空を見る時間がなくなった。幸せだと思えなくなったの。でも、私、幸せになりたい」
そう言うと、私は顔を上げた。
「幸せに、してください……」
天草は数秒静止し、そして緊張がほぐれたように笑った。
「何だよ、それ……」
天草は、私を引き寄せて抱きしめる。外であるが、日の落ちた今では目立つことはない。
大きな身体に包み込まれるようで、全身に安心感が生まれた。
私は、天草に腕を回す。彼はそれに応えるように頭を撫でた。大きな手で、私の頭を包むようだった。
「お前、ちっさいな」
「うるさいな。天草がでかいんだよ」
そう言いながらも初めて天草のことを異性として認識した。
友達って何なんだろう。わからない。ただ、昨日まで友人だと思っていた人を異性という認識で見方を変えると、 今日は恋人になってるのかもしれない。
「絶対に、幸せにしてやるから」
天草は、噛みしめるようにそう言うと、力強く抱きしめる。全身が熱くなり安心感で包まれる。清潔感ある柔軟剤の香りが心地良い。
今まで土屋さんしか見えていなかった。少し離れて周囲を見れば、他にも私を見てくれる人はいたんだ。
他の経験を得れば、過去の記憶は上書きされるはずだ。
私は、目を閉じて息を吐く。すでに息が白くなりつつあった。
「何か、天草とこんな関係になるなんて、想像してなかったというか……」本音を漏らす。
「うるせぇな」天草は、ぶっきらぼうに答える。
「私のこと、いつから好きだったの?」
「知るかよ」
「何で、今なの?」
その問いに天草はしばし黙ると、腕を離す。少し名残惜しく感じたが、彼にならう。
「今しかねえと思っただけだ。これでも俺は、自分のことしか考えてねぇんだよ」
私が彼氏と別れたタイミング、という意味だろうか。以前よりたびたび気になる言葉は言っていたが、そういう意味だとは思わなかった。
「おまえは男の家に平気で上がるし、平然と寝るんだもんな。本当に友達としか思ってなかったんだ」
「まさか、そんな風に思ってるなんて思わなかったし……」
駅前に辿り着く。名残惜しく感じながらも、さすがに気持ちも整理したいので今日は解散する。
「みんなには、どうする?」
別れる前に尋ねた。
天草は、数秒頭を捻る。
「少なくとも、銀河と地咲には。あいつらも言ってくれたし」
「確かに。隠せる気もしない」私は苦笑した。
天草は、私の頭を撫でると、じゃ、と手を降って改札を抜けた。
私は、撫でられた頭に触れると駅まで向かった。
***