「一人一万円じゃねぇの!?」
室内の料金精算機前。表示された価格を見て天草は目を丸くする。
確かに、普通の旅行だと一人当たりの値段が表示される。対してホテルは一部屋あたりの値段だった。その感覚を悪い意味で忘れていた。
同じやり取りを土屋さんともしたな、と思い出した。まさか私がそういう日が来るとは思いもしなかった。
***
クリスマスイブ。
この日は、外のイルミネーションを見に行く予定だった。クリスマスに合わせた出店もたくさんあり、十分楽しめそうだった。
「やっぱり、カップル多いね」
会場に向かう中、次第に電車内がカップルで埋まっていることに気づく。
「当然だろ。イブだぜイブ」
天草は、照れくさそうに顔をそらす。
平日の夕方、帰宅ラッシュに巻き込まれないよう早めに乗車したが、すっかり日も短くなり、イベント場所につく頃には、周囲は暗くなっていた。
まるで星のように輝くきらびやかなイルミネーションが街を彩る。街路樹がライドで照らされて神秘的な空間に、施設には大型のプロジェクションマッピングで華やかに演出されていた。
「きれい……」
思わず呟く。天草も「すげえな」と同じく木を見上げた。
屋台でクリスマスメニューを購入し、階段に座ってプロジェクションマッピングを観る。
数時間堪能した後、帰路についた。
駅まで向かう途中、ふと、天草が足を止めた。
「あのさ、空」
天草は、白い息を吐く。「少し、休憩していかね?」
「え?」
私は天草の目線を追う。目先には、ホテルがあった。
「でも、この時期、高いよ?」
そう言うと、天草は数秒黙り込み、「だから、休憩なら」と言った。
確かにありかな、と思うが、そのでふと昨年のクリスマスを思い出した。
昨年の土屋さんと過ごしたクリスマス。彼に少しでも喜んでもらおうと奉仕したことで、私の太ももにーーーー。
顔か青くなる。
そんな私を見て、天草は首を傾げる。
「どうした?」
「ご、ごめん……高いし、時期ずらさない?」
「俺が出すよ」
「悪いよ」
天草は首を傾げる。私は思わず顔を下げた。
ホテルを断るなんて、彼を拒否しているみたいで嫌だった。でも正直、今は冷静にいられない。無意識に身体も震えていた。
「何か、あった……?」
天草は恐る恐る問う。さすが彼だな、ともはや関心していた。気づいてもらいたいと思ってしまう私も幼稚だ。
このまま理由を伝えないのも失礼だ。私は、正直に打ち明けることにした。
「私の太ももの火傷、昨年のこの時期につけられたもので、さ……」
彼とはすでに一緒に風呂にも入る。当然太ももの跡のことも気づかれていた。
そこまで言うと、天草は察したような顔になる。そして露骨に顔を強張らせた。
「クリスマスにホテルに行くと、ちょっと思い出しちゃって、ごめん……」
そう言うと、天草は、大きく息を吐いた。
「よかった。拒否されたんかと思った」
「ち、違う!」
「わかってら。また、別の日に」
天草は、私の手を握り、再び歩き始めた。
私は、言葉にならない幸せを噛み締めながらマフラーに顔をうずめる。
この幸せかずっと続けばいい、なんてクリスマスの時は毎年思う。そんな甘い現実なんて続くはずなんてなかったのに。
カップルが出歩く街、パトカーや救急車が慌ただしく通り過ぎる。この幸せな日に物騒だな、と内心思いながら帰路についた。
第四セメスター:十二月 完