夏休み➁



 歳をとるほど、月日の流れが早く感じるものだった。
 気づけば夏休みも終盤、天文部のイベントもいよいよ最後。
 今は合宿、最終日だった。

「この合宿終わったら、イベントはあと学園祭だけか。引退したらすぐ、就活」

 海を見ながら天草は言った。手には合宿先で購入した缶ビールを所持している。
 帰路につくフェリー上、外のテラスで私と天草、月夜で最後の晩餐をしていた。
 
「嫌なこと思い出させないでよ」 

 私は、チーズおかきをつまみながら顔を歪める。
 就活、という言葉がグサリと刺さる。将来、やりたいことは決まっていたが、正直不安があった。

「地咲は、就活するのか?」

 天草は、私の隣にいる月夜に声をかける。彼の言葉に含む意味は理解したが、よく聞けたな、と感心した。
 月夜は、現時点でキャバ嬢として上位にいる。もはや就活なんてする必要ないだろう。
 案の定か、エイヒレをつまんでいた月夜は、真顔で首を横に振る。

「オフィスレディなんて、絶対無理」

「結構、似合いそうだけど」私は素直に認める。

「言わなかったっけ。できるだけ働きたくないの。週五勤務なんて気が狂うわ」
 月夜は、頭を振りながら両手を広げた。

「月夜は、強いよね」

「何が?」
 月夜は全く意味がわからない、といった調子で首を傾げる。私はやり辛くなる。

「ほら、周りが就活してると自分だけ乗り遅れてしまったみたいな気分になったり……私は多分、焦ってしまう。周りと違うことしてると、さ」

 高校三年生の時を思い出す。周りが就活する中、一人だけ進学準備をしていた時が少し後ろめたい気持ちになった。あの時は進学で意志を固めていたが、就活である今回は道が決まっているわけじゃない。
 実際、三年生になってからは、同期がインターンなどでたびたび休むことがあった。少しずつその時が来ているというわけだ。

「お金なんて、稼げればいいのよ」

 冷静に、重みのある言葉が届く。月夜は、澄んだ瞳でまっすぐに私を見ていた。

「みんな、大抵仕事にやり甲斐なんて求めていないわ。ただお金がほしいから働いているだけよ。それなのに、皆が週五で働いているからと合わせる必要あるかしら」

 ごもっとも。彼女のように結果だけ見ればいいんだ。正社員でも派遣でもアルバイトでも、結果お金が入れば同じ。

「夜の仕事は若い時にしかできない、手っ取り早く稼ぐには効率の良い仕事だと、私は思う」

 周りと違うことをまっすぐにやり通す月夜が、素直にかっこいいと思った。

「確かにな。若い時にしかできねぇことだよな」
 天草も同意する。

「学生である今でしかできねぇこと。あと一年しかねぇもんな」

「たくさん旅行するとか」

「それもありだな」

「金城が帰ってきたら、四人でいく約束だしね」

「引退してからは引退してからのこと考えようぜ。今は今だろう」

「あんたから言い出したことでしょ」私は呆れる。

 暗い海を月明りが照らす。眩しいなと顔を上げると、今夜は満月だった。

「今日は、満月か」
 ポツリ、と天草が呟いたタイミングで、誰かのスマホが鳴った。月夜のスマホだ。

 月夜は、画面を確認すると、私たちにスマホを向ける。「タイムリー」

 画面には、『金城銀河』と表示されていた。月夜は、スピーカーにして通話ボタンを押す。

「ごめん地咲、遅くなった」
 スマホからは、久しぶりに聞いた金城の声があった。

 少し黙って様子見したかったが、「おう銀河、久しぶりじゃねーか!」と天草が、間髪入れずに反応した。
 その声が聞こえたのか、スマホの奥で金城が首を傾げている空気が漂う。

「…………恒星?」

 数秒の沈黙の後、金城が疑うような声で問う。音声通話で変な勘違いされるのも悪いので「金城、久しぶりだね」と私も声をかけた。

「倉木もいるのか。三人で集まってるのか?」
 金城は、少し安堵したような声で尋ねる。

「集まってるというか、今、合宿中」
 様子見していた月夜が、説明する。

「あぁ、そういや言ってたな。びっくりしたよ」
 ははっと金城は笑う。受話器越しでも彼の出来過ぎた笑顔が脳裏に思い浮かぶものだ。

「今ちょうど、金城のこと話してたから、電話びっくりして」私が言う。

「おまえら、いつも電話してんだな」
 天草は、ヒューと小学生のようにはしゃぐ。
 
「毎日じゃない。満月の日だけ」
 月夜が言う。受話器の奥から「ちょっ、地咲……!」と金城の焦る声が聞こえた。

「満月を見ると地咲を思い出すからってか? オイオイロマンチストだな~! 織姫と彦星の天の川みたいな約束じゃねぇか」天草は笑う。

「天文部なんて、皆、ロマンチストだよ」
 私は開き直ったように同意する。

「そうそう、俺もおまえらもロマンチストなんだよ」
 金城が、もはやヤケクソに同意した。 

「ま、おまえらが仲良さそうでよかったぜ。おまえが帰ってきたらカノープス探しの旅って約束、忘れてねーだろ」

「こっちのセリフでもあるよ」
 天草の軽口に、金城は間髪入れずに返す。

「今回の合宿、一年とほぼ同じところでさ。今回もさそり座が見えたの。だからやっぱり旅行は、この場所がいいかも」
 私は提案する。

「今回の合宿は、もはや旅行の下見みたいなもんだ。温泉もあるし、メシもうまい。あとは星さえ見えれば百点満点だ」天草も続ける。

「ありがたいね。日本に帰るのが楽しみだよ」

 月夜との二人だけの時間を邪魔することに罪悪感は感じたが、出来過ぎた金城は特に嫌な空気を見せない。
 満月の明かりの下、久しぶりに四人で見上げる空は見事なものだった。

 青春って、こういうことなのだろうか。仲間とのんびり見上げる空に、全身が幸福感で満たされた。

夏休み 完