卒業の日。おそらくもう来ることはない、大学の夜、部室前のテラスで一人、空を見上げていた。
昼間は、袴を来て友人たちと写真を撮り、部室で送別会を受けた。
私たちを見送る後輩の涙で、いよいよこの大学ともお別れの時だと気付かされた。
就活も、秋頃までかかったが、一応終わっていた。
正社員雇用の事務職というごく一般的な職。入社式は東京で、一週間ほどセミナーやマナー講座を受けた後、本格的に仕事が始まるらしい。
やる気がなくとも行動すれば内定はもらえるものだと知った。月夜の言う通り、この時代仕事は探せばどんなものでもある。
正直、母を安心させる為の結果でしかなく、全く関心のないジャンルの仕事は長く続きしないだろうとは自分でもわかっていた。
名残惜しく感じて、気づけば夜、再び大学に来ていた。
誰もいない、静かな夜。何度かここで夜通し仲間と空を見上げた。
懐かしくて眩しい経験だ。ここ半年は一人でいたことで、もはや遠い過去のようにも感じる。
私はスマホをいじり、音楽を再生する。融資観望会の時によく聞いていたものだ。さすがに土屋さんの聞いていたジャズを流す気にはなれない。
誰もいないテラス内、澄んだ夜に静かに響いた。
「風邪、引くぞ」
久しぶりの声に、身体が反応する。
振り向くと、普段着に着替えた天草が立っていた。片手にはコンビニ袋を携え、帰宅途中にふらっと立ち寄ったような気軽さが見えた。
「恒星……」
「久しぶりだな。つっても昼に送別会で会ってたけど」
天草は、軽く笑うと、テラスの柵に腰掛ける。
「なんか、虚しくなってここに来ちまった」
「わかる。私も同じ」
「ロマンチストだよな、俺たち」
「天文部はロマンチスト集団、って知らなかった?」
天草は笑う。私もつられて頬を緩ませた。
天草はコンビニ袋からコーヒーのペットボトルを取り出し、蓋を開けて口をつける。
「懐かしいな。ここで何度も観望会したよな。銀河の送別会の時が一番楽しかった」
「うん。あの時は寒いのに外で人狼とかしてたし」過去のバカを思い出して笑う。
「もう、ここから空を見上げることは、ないのか……」
天草がしみじみ言った。私も、じわじわと寂しさがこみあげてきた。
「でも、同じ空の下なんだから、どこから見上げても一緒でしょ。あんたが言ってたことじゃん」
「そうだったな」天草は、ははっと笑う。
「俺は来週には東京に行くけど、空は変わらねぇもんな」
「ややこしい」
私は唇を突き出す。「確かに私の職場は、虹ノ宮だけど」
名前の聞き間違いも、もはや今では懐かしい。全てが懐かしい。
天草は、手に持つコーヒーに再び口をつけると、しばらく空を見上げ、そして息を吐いた。
「俺ら、友達に戻れるかな」
「男女の友情なんて、ないんじゃないの?」私は間髪入れずに突っ込む。
「まぁ、ないだろうな」
天草は、はっきり答えるが、「でも」と続ける。
「おまえは、何か違う。わかりやすく言えば、性欲がわかない」
「わかりやすくありがとう」
私はヤケクソに笑う。
「だからな、男女の友情は、時と場合によったらあると思うんだ」
天草は断言した。その言葉に、私は口角を上げて答えた。
元々恋人であったが、性欲がわかない、という状況はもはや彼との恋人期間は完全に終わったのだと実感した。自分から言い始めたことなのに、少しだけ虚しい。
全部を得るなんてできっこないのに、ずるい生き物だ。
「せっかくだし、あいつらも呼ぶか。まだ起きてればだけど」
そう言って天草は、スマホを取り出す。時計は二十一時を指していた。
「この時間に寝てる人なんて、まだいないと思う」
「銀河はまだ卒業じゃねぇけどさ」
私たちは笑うと、スマホを耳に当て、空を見上げた。
突如、空に二つの光が流れた。大きな星は、一秒ほどおもむろに空を滑り、そして消失した。
まるで、星がキャンパスに降るような軌道を描いた流星だった。
私と天草は顔を見合わせる。
「ダウト……?」
「おまえも観たなら、本当だろ」
「いまの、すごかったよね……」
受話器から「空?」「恒星?」と聞き慣れた声が響く。
私たちは「今、キャンパス内に星が降った」と子どものように嬉々として報告した。
「星降る夜のキャンパス」 完