第八セメスター



 片想い中と恋人同士になってからは、相手の見え方が全く変わると知った。

 片想いの時は、全てが輝いて見えた。想い人の些細な仕草でも胸が高鳴り、一言ずつに意味を考え、そして少しずつ相手を知ろうと近づく努力をする。

 だが、恋人同士になってからだと、きれいな部分以外も見え始める。いや、片想い中も見えていたのかもしれないが、盲目になっていただけだろう

 生活を共にするにつれ、思い通りにならなかったり、感情が伝わらなかったりで衝突することがある。それ故に人間臭く、問題も起きるものだ。
 それに、片想い時のトキメキは、付き合うにつれて薄れてしまう。最初は一緒にいるだけでドキドキしたが、次第に慣れ、今ではむしろ安心している。

 私は気付いてしまった。
 元々自分は、おせっかいをかきながらも、いざ自分に目が向けられると、途端に距離を置こうとしてしまう。

 土屋さんの時もそうだった。彼が私への好意の可能性が見えた瞬間、私は違うと一歩引いた。
 天草の時もだ。友人だと思っていた故に、受け入れるのに時間がかかった。

 私は、普通よりも他人との距離感を保とうとするところがあった。自分を好きでいてくれることが気持ち悪いと思ってしまう。そのせいで相手を傷つけてしまう。

 実際、私のせいで、土屋さんが死んだのだから。
 私のせいで、海老原くんの人生が、悪い方向へ変わったのだから。

 このキャンパスで経験したことで、私の性格がさらに面倒なものになってしまった。
 好意があるとわかった瞬間、気を引いてしまう。そっけない態度を取ってしまう嫌な人間になってしまった。

 こういった私の性格を、回避型愛着スタイルと呼ぶらしい。

***

「おまえが不安な時は、俺が助けになりたいんだよ。彼氏なんだから」

 天草が、いつか言ってくれた言葉だ。

 天草は良い人なのに、私は結局最後まで応えられなかった。
 全部全部、性格のせい。慣れれば慣れるほど親密な関係になってしまうのが怖いと感じてしまう。
 こんな私は、誰かと一緒にいるべきではない。

 就活で中々会えなくなって以降は、彼の欲求にも答えられなくなった。嫌と思うほど感情が表に出てしまう。嫌悪感を抱き、私は彼に泊まることを勧められても断るようになってしまった。

 一度離れてしまうと、思考が巡り、再び近づくことができない。だから相手を傷つけてしまう。

 自分は、誰かと一緒にいるべきではないのかもしれない。

「寂しいな……」

 天草と別れた。彼も、なんとなく気持ちのすれ違いには気づいていたようで、特に揉めることなく終わりを告げた。

 お互いに泣いた。天草が嫌いになったわけじゃない。でも心はもう通っていないと感じられてしまった。

 家のベランダから一人、空を見上げる。隣には誰もいない。その度に涙が伝った。
 これでよかったはずなんだ。一人でいる方が誰も傷つけない。私の問題なんだ。

 恋人でも、家族でも、誰かと親密な関係になれない。
 深くまで知ってしまったら、相手を傷つけてしまう。
 何より、私も傷つきたくない。
 だから、一人でいた方がいい。簡単なことじゃないか。

「寂しいな……」

 気づけば漏らしていた。
 寂しい、一緒に誰かといたい。だが、身体が拒絶してしまう。友人以上の関係が築けない。だからずっと誰かと一緒にいるなんて難しい。

 天草とは、友達でいなければいけなかった。

 皆、上を向けば、同じ空を見ている。
 きれいに輝いている。

 私は今日も空を見上げる。いつでも、どこにいても、顔を上げると、空には壮大な物語が広がっているんだ。

 その輝きが、数億年の時を超えて燃え尽きるまで。

***