案の定美子は、両手で抱えなければいけないほどの量となっている。
「相変わらずだね」私は笑いながら言う。
「だって、今日食べなかったら、また来年まで我慢しないといけないもん」
地域の活性化に貢献、と美子は満足そうに笑う。
指定された席に腰を下ろす。まさかの最前列で、周囲も建物が無いだけ視界が開けている。
真正面に打ち上げられたらどれほどの迫力なのか、想像するだけでも鳥肌が立った。
「最前列ってすげぇなぁ。マネージャー何者」
祐介が感嘆の声を漏らす。
「リンくんは目的の為には手段を選ばないからさ」
渚は胸を張って言う。
以前見たマネージャーの外見を思い出しただけに顔が引き攣った。
突如、ドォンと大きな音が鳴った。
惹かれるように空を見上げると、大きな花が咲いていた。
先ほどまで騒いでいた観客の声も一瞬止み、次第に歓声が上がる。
時計を見ると、開始時刻の午後八時を指していた。
花火のプログラムを知らせるアナウンスが流れると、一発目に続いて次々花火が打ち上がる。
「おっき~い!」
美子は目を輝かせながら言う。
「すごいすごい! 大迫力!」
渚も拳を振り上げて叫ぶ。
真っ黒のキャンパスに色とりどりの花が咲く。
定番の牡丹や菊の形をはじめ、土星の形や蝶々の形、柳のようなものまで種類は様々だ。
割物の時は、光が飛散して数秒後に大きくドォンと鳴り、次第にパラパラと火の弾ける音が届く。逆にポカ物の時は、飛散せずに静かに光の雨を降らした。
ハート形や星形、と変わった形の花火も次々打ち上がり始めた。
「わ、ニコちゃんマーク!」
渚が嬉々として空を指差す。
「今年は真正面だし、特に迫力がすごいな」
祐介も感心して上を眺める。
有料座席であるだけに圧巻だった。
視界の開けた頭上に打ち上がる花火は、想像以上に近くて大きい。弾ける瞬間は身体の奥底まで音が響く感覚だった。
鮮やかな色彩の火が目に焼き付き、呼吸をすることをも忘れてしまう。
それほど華やかな空に目を奪われていた。
それと同時に、ドッと寂しさがこみ上げた。
周囲の興奮に比例して、私の中の火が鎮火されたかのような感覚に陥った。
毎年この花火大会は、私たちの夏を締めくくるイベントとなっている。今日が終わったら暑い夏もまた来年、と気持ちを切り替えるようになっていたのだ。
しかし今年は、楽しいという感情よりも虚しい感情が湧き上がる。
皆と一緒に見上げているこの時間がとても心地良くて、終わってほしくないだなんて思っていた。
「来年も来れるかなぁ……」
いつの間にか声に漏れていた。
隣に座る祐介は、少し目を丸くして私を見るが、すぐに表情を崩す。
「ま、俺らは受験だけど、一日ぐらいは遊んでも許されるだろ。つか俺はAO狙いだから、むしろこの日までに終わらせることが目標」
そう言ってピースする。
「来年も来るよ~美子、またお金貯めとくんだから」
美子も意気盛んに拳を振る。
「もちろん来るに決まってんじゃん! もうこれはあたしたちが死ぬまでの恒例行事なんだから」
会話に気付いた渚もすかさず言葉を吐く。
「死ぬまで持つかなぁ」祐介は苦笑する。
「誰が最後まで残るかなぁ~」
「不吉なこと言わないで!」
いつものくだらない会話も今では心に染み入った。
私ってこんなに感傷に浸る人間だったんだ。
花火ではしゃぐ中、一人声のしない隣の彼に顔を向ける。
普段のように眠っているのかと思ったが、その目は開き、頭上をまっすぐ捉えていた。
私の視線に気づいた蓮は「何?」と首をかしげる。
「何でもないです」
私は慌てて視線を逸らす。「見とれていた」だなんて言えるわけがない。
気づけば再び隣に顔を向けていた。
無意識に見ていたと気付き、彼にバレる前に顔を戻す。
蓮を見るだけで鼓動を感じた。
夏祭りの時のように、体温を感じたい、また名前を呼んで欲しい、もっと傍にいたい、と願ってしまっていた。
私は、観測者であった自分を思い出す。
好きなものの話をする人々は、皆顔が輝いて見えた。目も輝き血色も良くなり、肌も生き生きとし、活力に溢れていた。
今、私はどんな顔をしているのだろうか。
「蓮も来年、一緒に来ようね……」
その言葉に、蓮はこちらに視線を向ける。いつもの端麗な顔立ちも、花火の光でより一層際立っていた。
蓮は、目を細めて口角を上げると、口を開く。
「え?」
耳を疑った。
しかし、同時に打ち上がった花火の音でミュートがかかる。言った本人も、音につられるように空に顔を戻した。
「今日一番大きい花火だって!」
そんな渚の声にも、今の私には反応できなかった。
***
花火大会が終わる。都心から一本の電車で到着する場所なだけに、帰りの電車は人がぎゅうぎゅうだった。
その疲労もかさんで、地元に辿り着いた頃には皆、意気消沈していた。
「やっと着いた~」
渚は、自宅が見えると大袈裟に息を吐く。
「さすがに疲れたな。今日はお疲れ。明日、夕方四時で大丈夫か?」
祐介は尋ねる。皆、無言で首を縦に振る。
帰省期間が終了する為、明日は寮に戻る予定だった。
「じゃ、また明日~」
そう言って、各々家に入る。
私は、無意識に彼に顔を向けていた。
だが、彼は至って涼しい顔をし、何ごとも無かったかのような佇まいでドアを開けた。
私はもやもやしたまま、自宅のドアを開ける。
「おかえり~、花火どうだった~」
ソファでテレビを見ていた母は、ほろ酔い状態で声をかける。
「うん。いつも通り楽しかったよ」
「そりゃ~よかった。お風呂、いまお父さんが入ってるから~」
そう言うと、母は再びソファにうな垂れた。彼らも有意義な時間を過ごしたのだろう。
私は足早に二階へ上がると、倒れ込むように自室のベッドにダイブした。
今日は前回みたいなヘマは犯さない。何とか家に帰るまで耐えることができた。
気が抜けた瞬間、ボロボロと涙が溢れ出た。
感情を抑え込めただけ前回よりも成長しているはずだ。
————そんなのわかんないじゃん。高校生のときにできるバーベキューは今しかできないし、それに、永遠にこの関係が続くとも限らないでしょ
いつぞやの渚の言った言葉が、脳内に反響する。
言った本人は、花火の音でかき消されると思っていたのかもしれない。
しかし私には、しっかりと耳に届いてしまったんだ。
「ごめん。それは無理かも」
何が辛いって、
そんなの決まってる。
蓮への特別な感情を自覚した瞬間だったのだから。
Day5 完