飛行機の到着を知らせる放送や、金属探知機の反応する音が響く。荷物を運ぶ車輪がゴロゴロと鳴り、あちこちから多言語で話す声が聞こえる。
荷物計量器やモニター、航空券印刷機、荷物を機内に送るベルトコンベアー、広いカウンターがあり、キャリーケースを所持した乗客もたくさん見られる。
ガラス張りの窓の外には、飛行機がずらりと並び、搭乗している人たちの様子も確認できた。
普段利用する公共交通機関とはまた違う大人な空気だが、三度目となるとさすがに慣れたものだ。
「フロア内もさすがに覚えたな」
祐介はカップジュース片手に周囲を見回す。今回はフロアマップは所持していない。
「だよね。あたしたちも今年、修学旅行で来たところだし」
渚は脇に大型の荷物を携えながら得意げに指を振る。
「うんうん。北海道、楽しかったよね~」
美子も屈託のない笑みで笑い返す。
十二月に入り、底冷えの冬が続いていたが、今日はそんな寒さも感じていない。
蓮が帰国することで、外気を感じないほどに気分が高揚していたのだ。
「蓮の乗ってる便、どれだっけ」
渚は電光掲示板を見ながら問う。
「十番ゲートに十二時四十三分着のやつだったはず」
祐介はスマホを確認しながら言う。
「十番はあっちだね」私は顔を向ける。
「あと三十分じゃん!早く行こ行こ!」
渚は荷物を掲げて慌ただしく走り始める。
私たちはそんな彼女の背中を眺めながら後を追った。
***
「あの飛行機かな?」
渚はゲート十番前のガラス張りの窓の外を指差す。差された先には着陸態勢に入っている航空機が目に入った。
「かな。確かにそろそろ時間だよな」
祐介は腕時計を確認しながら言う。
「いいかしら。ここに飛行機が来た瞬間、それを大きく掲げるのよ。蓮が遠くからでもわかるように」
渚は持参していた物を私たちに渡すと説明する。
今日は蓮を迎えに来るという目的にも関わらず、彼女が大きなカバンを所持していたことに疑問を抱いていたが、まさかの提案に私たちは顔が強張っていた。
「蓮、絶対嫌な顔するよ……」
私は予報する。確率は百パーセントといったところだ。
「だろうな。俺だってこんなことされたら恥ずかしくて知らないふりする」
祐介も苦笑する。
「蓮くん帰ってくるの楽しみにしていたから、美子はやるよ~」
美子は朗らかに笑いながら言う。
「もしかしたら蓮、あたしたちのこと忘れてるかもしれないでしょ。だから目印がないとさ」
「二日前もテレビ通話したんだからさすがに覚えてるでしょ」私は苦笑する。
「つべこべ言わない。ほら、もうすぐ来るよ!」
渚は指を振りながら指示を出す。
私たちは手に持ったボードを胸の前に掲げ、しぶしぶ出迎えの準備をする。
***
「何、してんのさ……」
ゲートから現れた蓮は、私たちの姿を見ると頬を引き攣らせた。
「言っとくけどな、蓮。俺らの方が恥ずかしい」
祐介は冷静に答える。感情が欠落しているようにも見える。
予報通りの反応だ。日本に帰国して早々、嫌な顔をさせてしまった。
私たちは、蓮たちの通るゲート前で渚から渡されたプレートを胸の前に掲げて出迎えた。
そこには、それぞれ「蓮」「おか」「えり」「なさい」と書かれている。今日の為に渚が密かに作っていたらしい。アイドルの出待ちのようだ。
遠くから見えるように、と渡されたプレートはそこそこ大きい。航空機からゲートまで距離があることから、降機した人々の視線が私たちに刺さっていたのだ。
「蓮くん。おかえりなさ~い」美子は笑顔でプレートを振る。
「蓮〜〜ちゃんと覚えててくれたんだ」
渚は目を潤ませながら彼に迫る。
「覚えてるから。というか、二日前にもテレビ通話しただろ」
「それ、私も言ったんだけどね……」一応弁解する。
蓮は私を見ると、目を細めて頭にポンッと手を乗せる。
突然の行動に私は顔が熱くなる。
「お、お疲れ様です」
「ん。ありがとう」蓮は目を細めると、そのまま私の頭を撫でた。
留学中も頻繁にメッセージや国際通話をしていたものの、彼の体温を感じることができなかっただけに、本当に帰って来たんだと実感できた。
隣からニヤニヤ笑う祐介の視線を感じるが、意地でも振り向かないように耐える。
「あっ哀だけずるい! あたしもあたしも!」
そう言って渚は自身の頭をハイッと蓮の前に差し出す。あまりにも露骨だ。
蓮は一瞬思案すると、撫でていた手を丸め、こつんと渚の頭を軽くぶった。
キーキー言う彼女を無視して蓮は祐介に振り向く。
「ま、とりあえずお疲れ様。寒くないのか?」
祐介は切り替えるように話題を変える。
彼の言葉に、蓮は正気に戻る。
「そういえば、寒いな……」
蓮は腕を擦って反応する。
ニュージーランドは四季があるものの南半球である為、今は夏だったはずだ。
現に蓮も薄い長袖一枚とラフな恰好で、防寒着を身に付けている私たちとは対照的な恰好をしていた。
「とりあえず、荷物」
そう言って蓮は足早に手荷物引渡場まで向かった。
手荷物の引き換えを済まし、私たちはバスで寮へと向かっていた。
昼下がりであるものの、寒風が吹いていることでかなり寒い。
蓮も手荷物からコートを取り出して着用していた。
「そっか。蓮、あたしたちと同じ学年になるんだね」
渚はニヤニヤ笑いながら言う。
そんな彼女の顔を見て、蓮の顔は曇る。
「祐介、おまえ留年しろ」
「無茶言うな」祐介は、ははっと笑いながら返す。
「でもそうか。俺らが卒業した後、こいつらどうかなって不安だったけど、蓮がいるなら安心だな」
「俺の負担を考えてないだろ」蓮は顔を引き攣らせて答える。
「一年もいなかったんだから、その分かまってもらうんだから覚悟しておきなさいよ!」
渚は指を差して言う。
「はいはい。だけど今は寝させて。さすがに疲れた」
蓮は腕を組むと、そのまま目を閉じた。
「ま、こいつの場合、今まで起きられていたことが珍しいからな」
祐介はやれやれと肩を竦める。
長時間のフライトに、降機してから私たちに付き合っていたのだから仕方ないはずだ。
変わらぬ蓮の姿が見られたことに安心し、私も眠気が襲った。
***
「おう蓮、おかえり!」
蓮の姿を見た瑛一郎は、笑顔で軽く声をかける。
ラウンジで瑛一郎、奏多、直樹、沙那の四人で何やら話していたらしい。
もう一年も経ったにも関わらず、いまだ彼らの中に萌の姿がないことに違和感を感じていた。
「ラム肉、北海道とどっちがウマかった?」
直樹は軽く問う。
「こいつに味のこと聞いてもだめだろ。ジンギスカン味の甘いお菓子食べても旨いって言ってたし」
瑛一郎は指を振って否定する。
「蓮くん。さらに大きくなったんじゃない?」
奏多は感心の目で蓮を見る。
「確かにね。何か少し日焼けもした気がする」
沙那は澄んだ笑顔で同調する。
蓮の帰国に皆浮き立っているが、当の本人は頭がついていけてないようで静止していた。
「蓮、大丈夫?」私は彼の様子を窺う。
「ずっと英語だったからさ、今でも脳が勝手に英語に翻訳してて、処理に時間がかかってた」蓮は頭を掻きながら答える。
「そんなことあるんだ」
「向こうはほとんど日本語通用しなかったからな」蓮は肩を竦める。
「でもニュージーランドって南半球だからさ、あの星も見えたんじゃない?国旗に書かれてる十字架の星」
沙那は指を振って尋ねる。修学旅行の際の蓮の行動から、彼が星が好きだと認識しているらしい。
「サザンクロスだな。一年中見られたよ」蓮は即答する。
「星は良いよな~俺らも北海道行った時すんげ~綺麗なの見たよな。あ~今頃萌さんも、向こうで空見上げてるんかな」
瑛一郎は悔しそうに呟いた。
***