1頁目「日常から非日常」②



午前の授業終了のベルが鳴る。それと同時に「食堂行くぞ」と暁筆頭に、クラスメイト数人がバタバタと教室を飛び出した。嵐が一瞬のうちに過ぎ去ったようだ。
他にも売店へ向かうものもいるが、ほとんどの生徒は、自分の席でお弁当を広げていた。

私の通う金清(キンセイ)高校は公立だ。少女漫画で思い描いた青春を縛る校則がある。昼食も、基本的に自分の席で食べなければいけなかった。
だが私は、校則に少し感謝していた。自分の席でひとりで食事をとっていても、居づらいことはないからだ。

私は、お弁当をつつきながら、教室を見回す。
一年生のころは、皆友人をつくるのに必死だが、二年生となると、大抵グループができている。私も一年生の終盤には話せる友人がいたが、皆クラスが離れてしまった。休み時間にクラスに訪れる勇気もなく、相手も私と同じく控えめな性格で、向こうからこのクラスに来ることもない。結局、同じ空間にいたから一緒にいたにすぎないのだ。

もう少し話し上手になれたらな、とは思う。だがいまは、ネットのコンテンツも増え、休み時間はひとりで娯楽を楽しむ人が増えた。私も読書が好きなので、休み時間は基本読書をしている。

頭ではわかっていることなのに、なぜだか少しだけ物足りなさを感じてしまった。

 

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水曜日の午後は、ホームルームのみだった。担任が修学旅行について話題を出すと、クラス内がざわついた。
うちの高校では、受験を考慮して修学旅行は二年にある。今年は京都へ二泊三日の予定だった。

「来月になったら、自由行動の班とか予定とか決めるから、各自行きたいところ調べておくように」

担任がそう言うと、「じゃ、今日は解散」と宣言し、さっさと教室を出ていった。時計を見ると、通常の五時間目終了時間よりも二十分も早い。うちの担任は「熱血」という言葉からほど遠い性格のようで、午後がホームルームのみのときは、大抵早く終わるものだった。

部活動に入っているものは、クラブ仲間と活動場所へ向かう。委員会のあるもの、寄り道どこにするか決めるものなど各々放課後時間を過ごすために行動を始める。「一緒に班になろ~」とさっそく修学旅行の話題もあがっていた。

私は、そんな声を聞き流しながら荷物をまとめると、教室を後にした。

 

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校門を抜け、見慣れた道を歩く。小学生たちがきゃっきゃとはしゃぎながら帰宅しているが、まだ下校時間には早いからか、他に学生は見られない。
基本的に水曜日と金曜日は五時間授業で、午後はホームルームのみ。六時間授業である他の曜日より一時間早く終わるため、太陽はまだ少し高い位置にあった。爽やかな青い空を見上げながら、小さく溜息をつく。

今日も一日、誰とも話さずに終わってしまった。厳密には話してはいるが、業務連絡のみ。わかりやすく言うと、内容のない雑談をしていない。

私は、外の世界からシャットアウトするようにイヤフォンを装着する。音楽を流すと、雑音が一瞬でかき消され、自分だけは別空間にいるように感じた。忙しなく動く世界の中でも、物理的にノイズを遮断すれば気持ちが安定するのだ。

街側で、ブレザー制服の女子高生グループが目にはいる。部活動に力を入れ、かつ制服がかわいいと有名な高校の生徒だった。女子高生グループは、笑いあいながらファストフード店ワックに入店する。学校が近く、生徒の寄り道場所として有名だと聞いている。
そんな光景を流し見しながら、店の前を通りすぎた。

正直、憧れがないといえばウソになる。友人たちと下校して寄り道をする放課後時間。高校二年生という高校生活にも慣れ、受験もまだ考えなくてもいい一番遊べる時期だ。制服も公立にすればかわいいと思ってるので、直帰するのには名残惜しい気持ちもあった。

だからこそ、授業が早く終わる放課後には、私も予定を入れる。そのために今日、わざわざ遅刻してまで自宅へと帰ったのだ。

そんな誰にするでもない言い訳を脳内でしていると、図書館へ辿り着いていた。毎週水曜日放課後の寄り道となっている場所だ。
私はイヤフォンを外すと、図書館へ入った。

 

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市内で一番大きな中央図書館。館内はとても広いが、話し声は聞こえない。司書は黙々と作業を行い、利用客は、椅子で新聞や本を広げて文字の世界へ浸っている。平日であるだけ、ご年配が多めだ。
私は深呼吸する。年季の入った本の匂いが、脳を冷静にさせた。

図書館の空気が好きだった。広くて利用客も多いが、静かで話し声はほぼ聞こえない。むしろ口を開いてはいけない空気すらある。そんな空間では当然、話しかけられることもないからだ。

帰宅して取りにもどった本を返却し、近くの本棚へと向かう。返却カウンターのそばには、返却されたばかりの本がならび、次に人気作が陳列されている。特に借りたい本がないときには、基本的にそこから奥の棚へと目を滑らせて本を選別していた。
誰かが最近気になった本との一期一会。先週は気にならなかった本でも、今週ではなにかが気になって目に留まることがある。天の導きのようにも感じられ、ささやかな日々の変化を楽しんでいた。

何気なく目を滑らせていたが、返却コーナーでふと聞き覚えのあるタイトルが目に留まる。

文芸書の『青い夏』。たしか中学生のころに流行った高校野球を中心とした青春作品だ。映画化されたときには、旬の人気俳優が起用されたこともあり爆発的ヒット、周囲の皆がこぞって読んでいたのを思い出す。だが私は、波に乗り遅れてしまい、未読だった。主役を演じた俳優も人気絶頂期に引退済みで時効かもしれないが、いまだに借りられていることから名作であるには違いない。
これもなにかの縁だろう。私は『青い夏』を手に取った。

引き続き目を滑らせると、『京都』の文字が書かれた旅行雑誌が目に入った。他にも数冊、京都の旅行雑誌が並んで返却されていることからも、誰かが旅行の為にまとめて借りたと伝わった。

ふと、ホームルームで「自由行動の予定を決めるから調べておくように」と言った担任の言葉を思い出す。数秒悩んだ後、雑誌を手に取った。中を広げると、神社や抹茶など京都のイメージを描いた写真が目に映り、無意識に気分が高揚した。

予習のためにと数冊手に取るが、そこで我に返る。数秒静止した後、小さく息を吐くと、名残惜しく感じて一冊のみ借りることにした。

他にも数冊適当に見繕って貸出手続きをすると、外へ出た。

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