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……………………せ
……なせ!
誰かが、焦燥感ある声で叫ぶ。
…………すけて……
甲高い声が、脳内にこだまする。
「誰……?」
莉世は、夢の中で問う。しかし、周囲は暗く、ここがどこなのか、彼らが誰なのかわからない。
森の中だろうか。草と土の混ざった青い匂いがする。時折吹く風はつんと身を差し、微かに冬の冷気を孕んでいた。どこかでパラパラと砂利の崩れる音が鳴った。
――――イキの良いガキは、格別に――――んだ
ボリンッと何かの砕ける音が鳴る。反射的に耳を塞いだ。だが、耳障りの悪い音はいまだ脳内に響く。
次第に、鉄臭い香りが充満する。何やら声がするが、耳を塞いでいるのではっきりと聞こえない。
恐い。嫌だ。気持ち悪い。
できるだけ身を丸める。どこにいるかも把握していないが、石になったかのように静止した。
次第に、ここは暗闇ではなく、恐怖から目を瞑っていたからだと気付く。
だが、この状態で現実を視る勇気は、自分には持ち合わせていない。
――――次は、おまえだ
低くて、野太い声が降る。何者かが自分の前に立っている威圧感を感じた。
「おまえも、――――ってやる」
チュンチュンと鳥のさえずりと、ピピピッというアラームの音が共鳴する。
莉世は、重い身体を起こし、目覚まし時計を止める。針は午前七時を指していた。窓からは、温かい陽光が差し込む。空は雪解けを終えたばかりのこの時期にふさわしい青だった。
春の穏やかな朝が眠気を誘うものの、残念ながら二度寝はできない。
「最悪……」莉世は顔を引き攣らせながら頭を掻いた。
悪夢だ。寝覚めの悪いことこの上ない。
莉世は、日の光を浴びながら大きく伸びをすると、枕元に置いていた五芒星の彫られたストーンチャームのペンダントを着用した。
一階から物音はするが、父の気配は感じられない。
「パパ、今日も仕事かぁ……」
不安や孤独を癒やすようにペンダントを握りしめる。
大きく息を吸うと、壁にかかったしわの無い制服を手に取り、準備に取りかかった。
【1時間目:社会】
木造建築の校舎周辺は、浮ついた空気で溢れていた。正門からはシャッター音が響き、体育館に掲げられた紅白の幕周辺では来賓の談笑する声が上がる。
大きく春風が吹く。宙で踊る桜の花びらは、彼らを祝福しているかのようだった。
時刻は、午前七時五十二分。
莉世は、広場から離れた校門隅から現場の様子を伺う。その姿は警戒心丸出しの子猫のようだった。
「知らない人、ばっか……」
皆、自分と同じ制服を着用している。少しぶかぶかで皺もなく、身体に馴染んでいない。
莉世がこの街、虹ノ宮に転居してきたのはつい先日。もちろん知り合いなんてものはいない。
訪れたばかりのこの地に、初めて切り替えの年である中学校。父親は仕事で来れず、身内もいない。信頼できる地元の仲間と繋がれているスマホも持参禁止だ。
新しい地に味方のいない状態であるのに、さらに「悪夢」を見たせいで、普段以上に警戒してしまっていた。
嫌な夢に限って中々忘れない。夢で感じた音、声、匂い、場所、空気、肌触りは妙に現実味が感じられ、まるで過去に実際同じ目に遭ったことがあるかのような錯覚に陥るのだ。
もしかしたら、正夢になるかもしれない。
もしかしたら、襲われるかもしれない。
身体がぶるりと震える。先ほどよりも身を護るような体勢になった。
いつ危険な目に遭うかなんて予測できない。事故に巻き込まれる可能性はどんな時でも潜んでいるんだ、と莉世は身をもって実感していた。
午前八時を知らせるベルが鳴ると、校舎から脇に大きな模造紙を抱えた教員らしき人たちが現れる。莉世は辺りを見回すと、両肘を抱えて広場まで向かった。
周囲からは「同じクラスだね!」「○○と一緒だ!」といった声が飛び交う。そのたびに莉世はびくりと小さく肩を震わし、目で周囲を窺う。息をひそめて人の隙間を縫い、掲示された紙を確認する。
しばらく目を動かすと、四組の場所に馴染みの名前を見つける。当然だが同じクラスに記載されている名前は一人も見覚えがない。小さく息を吐く。
どんっと肩に衝撃が走る。声が出そうになるのをこらえて顔を向けるが、ぶつかってきた人は新学期に浮ついているのかこちらに気も止めない。
騒がしくなってきた。莉世は「一年生クラスはこちら」とご丁寧に掲示された看板を見つけると、逃げるようにクラスへと向かった。
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