時刻は、午後五時〇分。
結局この日は、神隠しに遭わなかった。北条の言う通りならば、神隠しの元凶である鬼は、すでに浄化されているようなので当然だった。
「俺にビビって、出てこなかったんだ」東は、不貞腐れて言う。
「せっかく、試そうって思ったのに」西久保はため息を吐く。
「気が済んだだろう。もうすぐ日が暮れる。早く家に帰るんだ」
掃除を終えた北条は、淡々と言った。彼の言葉に、東と西久保の二人は振り向く。
「おい北条、噂は嘘だったのかよ」
「噂は本当だって言ったじゃん」
「俺が見てねぇからダウトだ」
喚く東を無視して、西久保はどこか気恥ずかしそうに北条に近寄る。北条は西久保に顔を向ける。
「ね、北条はさ……、あの狐のお面被った男の子って、知らない?」
「そんな物の怪、聞いたことがない」
「物の怪じゃナイナイ」
西久保は、苦笑しながら手を振る。
「本当に知らないの?」
「知らない」
「ここに住んでるのに?」
「知らない、って言っているだろう」
北条は、僅かに嫌悪感を表して軽く背を逸らす。
「ヤマンバは、男好き」東がぼそりと呟く。
「はぁ?」
「こんな威圧感あるヤマンバに迫られたら、さすがの北条も困るよな」
「うるさいわね。どうせあんたは嫉妬してるんでしょ」
「はぁ〜意味わかんねぇ。なんでおまえに嫉妬しなきゃならねぇんだよ」
「自分だけ鬼が見られなかったし、今日は何も出なかったし」
「あ〜そうです。俺だけハミゴにされて悔しいんです〜」
東の顔はヤケに紅潮していた。
昨日一番怖い目に遭いながらも西久保がここに来た理由は、どうも狐面の少年に会うことの方が目的だったようだ。
茫然と流していたが、彼らを見回したことで思わず「あ、揃った」と呟いた。
「揃った?」西久保は莉世を見る。
「東西南北」
莉世は、皆を指差す。 東の「東」、西久保の「西」、北条の「北」、そして南雲の「南」。メッセージアプリ上で、東が言っていたことだ。
と、口に出てしまったものの、あまりにもくだらなさすぎて遅れて頬が紅潮した。もはやどうでも良いことに現実逃避しているのかもしれない。
「おい南の南雲、何おまえの手柄みたいにしてんだ。初めに気づいたのは俺だぞ」東がむっと拳を上げる。
「別に、手柄にしてないけど……」
「やっぱ、本当くだらない~」西久保は笑う。
三人の反応に、北条は眩しそうに目を細めていた。
「よーし、それなら同盟でも組むか。東西南北同盟!」
東は、腕を組んで切り出す。
「だっさ」西久保は吐き捨てる。
東は頬を膨らませて彼女に顔を向ける。
「ほら白虎とか朱雀とか、東西南北を守る守護神ってのがいるじゃねぇか。だからこの同盟は、怪異からこの街を守る、いわば守護神の集いになるんだ」
「東くんは、怪異が見られないのに……」莉世は呟く。
その声が聞こえていたのか、東は「南の南雲、俺の悪口か?」と唇をつき出す。慌てて首を振った。
「……無知のまま、物の怪に近づくのは危険だ」
北条がぽつりと呟く。三人は振り向く。
「しかし、この四人ならば、物の怪に立ち向かうのも可能かもしれない」
北条は、莉世たちをまっすぐ見る。予想外の言葉に、東と西久保は一旦静止するも次第に顔が綻ぶ。
「物の怪って言い方、かっこいいね〜」
「おうおう北条、ノリ気じゃねぇか。やっぱノリが良い奴なんだ」
東は、北条の肩を組んでうざ絡む。しかし北条は、満更でもない顔をしていた。まるでこの未来を望んでいたかのようだ。
莉世は、目前の眩しい光景を茫然と眺めた。
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