時刻は、午後五時三十分。
病院を後にし、赤い夕日が照らす街を四人は歩く。
「俺、霊感ないのかなぁ」
東は、腕を組んで悔しそうに口を曲げる。
「おまえらが冗談言ってるようにも見えなかったけど、やっぱ女の子の物の怪は見えなかったんだよな」
「まぁ、さすがにあの状況で猿も冗談は言わないか」
西久保は両手を広げながら答える。
「でも、物の怪を殴ったときはびっくりした」莉世は笑う。
「そうそう。見えてないなら普通、あんなことできないでしょ」
「おまえらがやばいってマジの顔してたから本当にいるんだなって思ったんだよ」
東は拳を擦りながら呟く。「ヤマンバの顔なんて昔っから見てんだから、本当か嘘かの区別くらいつく」
東の言葉に、西久保はやりずらそうに顔を逸らした。
「でも、そのおかげであんたは今、生きている」北条は言う。
「だな。俺には霊感が無いのかもしんねーけど、今生きてんだし。結果良ければすべてよしってやつだ」
東は、胸をそらして誇らしげに言った。
現実が見えていなくても立ち向かう彼の強さに、莉世は圧倒された。今までの自分が、どうしようもなく情けなく思える。
「初めは北条の冗談かと思ったけどよ、俺らマジで物の怪を倒すことができんじゃねぇか?」
「それね。ちょっと思った。あたし、もっとこの本使ってみたいし」
「僕はそもそも、冗談を言わない」
莉世は、前方を歩く三人の背中を見ながら思案する。今日、この一件で確信した。
自分には、未来を視る力がある。今まで見ていた悪夢。それは、今後起こる未来の予兆だった。
そう考えると、悪夢だけじゃなく、今まで見た夢全部、自分の今後の未来だったのかもしれない。無意識のうちに夢の中で見た未来が記憶に残っていたのだろう。だから今までは、いつ現実で夢と同じことが起こるのか警戒した。
しかし今日、その夢のおかげで回避できた。未来を知っているのだから、前もって準備しておけば良いだけだったんだ。
その勇気が持てたのは、ここにいる皆がいたからだ。
「じゃ、また明日」
別れ道で手を振ると、それぞれ帰宅路を歩く。
莉世も、まっすぐ前を見て歩いていた。
現実から目を逸らさない。だからそろそろ、過去の自分とは決別をつける。
莉世は、赤くなった空を見上げると、そのまま何かに導かれるように歩き始めた。
★★★
時刻は、午後六時二十分。
少女は、山中の墓地へ向かっていた。暗い夜道を歩く。山中には妙な噂があったなとボンヤリ考えていると背筋が凍った。それに父親の言いつけを破ってしまったんだ。もしものことがあっても自分の責任だった。
しかし、難なく歩き進める。いつか視た未来で今日は危険な目に遭わないと内心わかっているのかもしれない。
しばらく山道を上がった上に、広大な墓地があった。日の落ちた夕時に複数の墓石は不気味に感じる。
少女は、直感を頼りに歩く。墓地は初めて来たが、何となく足がこちらだと動く。
ふと足を止めたところで顔を上げると、そこには見慣れた名前があった。
「お母さん……」
少女はそう挨拶すると、両手を組み、片膝をついて祈る。
「ごめんなさい……。私、お母さんが死んじゃう夢を見たのに、そんなの信じたくなくて、知らないふりしていたの。早くお母さんに伝えていたら、もしかしたら回避できたかもしれないのに……」
少女は滔々と懺悔する。
「お母さんだけじゃない……友だちが鬼に襲われた時だって……友だちが死んじゃった時だって。そんなことないって。夢が本当になるわけないって、ずっと信じたくなかった」
そこまで口にすると、少女は顔を上げる。
「でも、私には……夢で未来を視る力がある気がするの。だからこれからは……」
そこで、ザァと大きく風が吹いた。少女の言葉を遮るようなタイミングだった。
「こんなところで何をしているのかな」
聞き慣れた声が聞こえ、我に返る。
少女は静かに振り返った。
☆☆☆
「あなたが自分の力を受け入れなかった理由は、これですか」
顔を上げると、頭上にある木の上に、白髪の青年が立っていた。莉世は、静かに頷く。
「どうなるのか自分はわかっていたのに、私は関係ないって知らないふりしていた。現実から目を背けていたの」
「神でもない限り、悲惨な未来だとわかっていても回避はできないものです。その分、責任を感じてしまう。仕方のないことでしょう」
白髪の青年はどこか諦めたように言う。
「ですが、あなたは全ての未来を視ているわけじゃない。選択の仕方を変えれば、例え視た未来でも意味が変わってくるかもしれません」
莉世は、その言葉に違和感を感じ、眉をひそめる。
「私は、物の怪の出る悪夢を視る時、毎回襲われそうになる瞬間に目が覚めます……。それは、選択を間違わなければ変わるという意味なのでしょうか」
「どうでしょう。私はあなたがどんな夢を視ているかなんてわかりません」
白髪の青年は、ひらりと言葉を躱すと木から地面に飛び降りる。
のらりくらりと歩く彼を莉世はじっと見る。
「本当に、私の力は、未来を視る力なのでしょうか……?」
「と、言いますと?」
「私あなたと夢で出会ったことがない気がするのです」
そう言うと、白髪の青年の表情は僅かに曇った。
「……それは、悲しいですねぇ」
白髪の青年は呟く。「十二歳の女の子の夢に、登場できるものならしてみたいものです」
「やっぱり、今のはなかったことに」普通に引いた。
「冗談ですってば」
白髪の青年は肩をすくめる。
だが、彼からどことなく哀愁漂っていたので、莉世はそれ以上何も言えなくなった。
【2時間目:国語】 完