中間休み2



予想外の展開になったが、これも現実に立ち向かう為に必要な武器を得る為であり、それは皆納得できることだ。その日から、北条の家のある藍河稲荷神社で特訓という名の筋トレが始まった。

関係者以外入ることのできない区間であれど、学校のグラウンドほどの広さはある庭は、さすがこの街の誇る神社であった。

「ここなら伸び伸び鍛えられんな」

東は、制服の裾を捲くりながら言う。

「筋肉ついたら最悪なんだけど〜」

西久保は、周囲を見回しながらぼやく。

スクワット中心に腹筋、腕立てとごく基本的なことを数日行った。普段体育でしか運動していないだけ、しばらく筋肉痛に悩まされた。

だが、筋肉痛の消えた数日経った現在、突然変化が現れる。

「今日からこれを使用しようと思う」

北条は懐から何かを取り出した。「酉」「申」など干支の字が記載された神札だった。

「何だそれ」東は首を傾げる。

「見ればわかる」

北条はそう言うと、神札を掲げた。

「『松風』『左門』」

途端、白煙が舞い、咄嗟に両手で顔を庇った。

「いきなり何だよ、北条……!」東はやみくもに煙を掻き分ける。

「煙……って、誰!」西久保は困惑の声を上げる。

「よっと」

「押忍!」

先ほどまでなかった声がニ種類聞こえ、恐る恐る顔を上げる。

白煙が薄れると共に、二人の何者かが現れた。



一人は、琥珀色のラフな頭髪にゴーグルの着用された翼の生えた青年『松風』。もう一人は、銀色の短髪に黄の和服を着崩し、お尻に「尻尾」の生えた少年『左門(サモン)』。松風と同じく左門も、北条家に使える鬼神なのだろう。

「何……何こいつら……! 物の怪じゃん物の怪」

西久保は、二人を見ながら頭を振る。

「物の怪呼ばわりはヒドいな〜」翼の生えた青年、松風は頭を掻く。

「こいつらはうちに仕える鬼神だ。人に害をなす物の怪ではない」北条は淡々と説明する。

「いや見えねぇって。どんなんなんだよ。マジでいるのか?」東は、状況が読めていない。

「この男、ガチで見えてないんスか?」

尻尾の生えた少年、左門は、東の顔をじろじろ見ながら言う。

「あぁ。こいつは子どもなのに怪異を認識できない特異な体質を持っている。だが、妙な直感で怪異に触れることはできるようだ」

「妙な直感って?」松風は問う。

「野生の勘というやつだ」

北条は至極真面目な顔で答える。完全にバカにされているものの、本人は鬼神たちの声は聞こえていないようで「なんだ、俺の悪口でも言ってんのか?」と首を傾げた。

左門は東に顔を近づける。だが東は全く認識していない。

「へぇ~。子どもでここまで霊感ないのって、むしろ珍しいッスね」

「そうだ。しかし今後、積極的に怪異と関わることになっていく。少しでも怪異との接し方を教えてやってほしい」

「教えるっていっても、見えてない人間にどうやって」

松風は肩を竦める。

「好きに攻撃すれば良い」

「北条くん?」思わず声に出る。

しかし、依然として北条は態度を変えない。

「松風は『風』、左門は『大地』を操る能力を所持している。適度に障害を与えることで、この男がどこまで怪異の攻撃を読むことができるのか知りたい。それにこいつが何故、怪異に触れることができたのかも判明させておきたい」

「そんなことなら、お安い御用」

松風は爽やかに答えると、バサッと翼を広げて空に舞い上がった。

「意地でも気付かせてみせますッスよ」

左門は拳を掲げて言うと、腕を引いて地面に拳を突きつける。地震が起きたように視界が揺れた。

「こいつ、名前なんて言うんだ?」

松風は、宙に浮きながら問う。北条は、顎に手を当て空を見る。

「猿」

「猿じゃねぇよ」

東は北条に反論する。自分だとわかったようだ。

「はは。野生の勘ってあながち間違っちゃいないようだな。ようし左門、適度にやるか」

「うッス。怪我させないよう善処するッス」

二人の鬼神はそう言うと、東に向かい始めた。

北条は東に一通り説明した後、切り替えるように西久保に振り返る。

「君は、術書の扱い方を学ぶべきだ」

「あたし?」

自身を指差し驚く西久保をよそに、北条は「丑」「辰」と記載された神札を掲げた。

「『日向』『操』」

再び白煙が舞い上がり、二人の何者かが姿を現した。

「中々扱いが荒いぞ、蒼」

一人は、剣道の防具を着用し、頭には角の生えた紅髪の大柄な女性。その後ろにもう一人、額に一本、後頭部に複数の角の生えた細見でマスクをした青年が立っていた。

しかめっ面をしていた大柄の女性、日向(ヒュウガ)だが、西久保の所持する術書を見るなり目を丸くする。

「その本は……」

「あぁ。彼女は術書を所持している。だから扱い方を教えてやってほしい」

「……なるほど、そうか。そういうことなら」

日向は、すぐに状況を受け入れると、西久保に向かう。彼女の剣幕に西久保はたじろぐ。

「何、この人……本当に大丈夫なの……?」

「鬼神は多少荒くても、北条家に忠誠を誓っている」

「多少荒いというのが気になるんですけど」

「君もそろそろ、うつつを抜かしている場合ではない」

北条は目を逸らして言う。この神社内で特訓を始めてから落ち着きのない彼女の態度に気付いていたのだろう。図星を刺された西久保は、「べっ別に、あたしはそんなんじゃ……!」と顔を真っ赤にして反論した。

「話している暇があるなら鍛錬だ」

日向は西久保の肩を持つと、東たちとは離れた場まで歩く。その後ろをマスクの青年、操(ミサオ)は従者のように着いていく。

「待て、操はこっちだ」

北条の言葉に操は無言で振り向く。彼は目を瞑っているが、目が合ったかのように感じた。

北条は、莉世に振り向く。

「操は『時間』を操ることができる。君の夢が、どこまで先の未来を視ることができるのか知っておくべきだろう」

「た、確かに……!」

操に振り向く。改めて見ると、容姿的にも雰囲気的にも、他の鬼神よりも異質な空気を感じる。

時間を操れる所以なのだろうか、目を閉じているにも関わらず、全てを見通しているかのような落ち着いた佇まいだ。

「鬼神って、こんな扱い方もできるんだね……」

「あぁ。北条家の者の言葉は何でも聞く」

「北条くんって、意外とスパルタだ」

「怪異に慣れるには、怪異に触れるのが一番早い」

北条は、東と西久保を見ながら言う。「僕も関わるだけ、万が一何かが起こったら困るんだ」

「仲間思いなんだね」

「呪石があるのは僕の神社だ」

北条は、しれっと視線を逸らす。素直に認めない彼からは珍しく中学生の幼さを感じた。

視線を感じて振り向くと、操は、目を閉じたまま莉世をジッと観察していた。全くの無表情であるにも関わらず、「始めるぞ」と言われているように感じた。

「お、お願いします……」

無意識に口に出る。

操は莉世の反応を確認すると、ぎゅっと両手を組んだ。

それと同時に、莉世の視界は暗くなった。

☆☆☆