「じゃ、俺ら行くわ。あとは自由に」
「はい。ありがとうございました」
片付けも終わり、バーベキューは終了となる。
東兄たちは、バーベキューセットを手に持つと、車へと向かった。
「大学生って楽しそうだよね~」
西久保は東兄たちの背中を見ながら言う。
「門限とか車とかお酒とかたばことか、年齢制限の壁を越えて自由って感じがするし。あ~早く大人になりたいな」
「精神年齢はずっと子どもだけどな」
東は不貞腐れたように言う。
莉世たちは、陽の遮られた高架下で川を眺めた。北条は苦しそうにお腹を押さえている。
「この川、本当に広いね」
「うん。多分、虹ノ宮で一番大きいと思う」西久保は言う。
「むしろ、これくらいしか自慢できるところがないからな」東も肩を竦めた。
対岸に歩く人が小さく見えるほどに川の幅が広い。
昨年来た時は、雨上がりの影響で川の水が氾濫していたが、今は健やかな気候の下、水の流れも穏やかで、川底の砂利までも澄んで見える。
橋の上では走行する車がたくさん見られ、高架下ではバットで素振りをする学生や、バーベキューを楽しむ若者が見られる。
各々の時間を過ごし、自由だなと感じた。
ほどほどに活気があり、田舎には感じない。自然が多く、空気がとても澄んでいた。広大な川を見ると心が広くなるようだ。
「あ、あそこ。あのパン屋、すごく美味しいんだよ」
そう言って西久保は、対岸上にある店を指差す。差された先には、「モモヤマベーカリー」と記載された看板の立てられたパン屋さんがあった。外に数人並んでいる様子がこの場所からでも見られる。
「個人経営のパン屋さんなんだけど、どのパンも絶品なんだよ。特にカレーパンが最高でさ」
「カレーパン、良いなぁ」
「うんうん。朝に行くと出来立てが食べられるから、あたしたまに早起きして買いに行ったりしてるんだよね。昼ごはんも結構買うことあるし」
莉世ちゃんもぜひ、と西久保は笑う。莉世は笑顔で頷いた。
気づけば東と北条は、川の近くまで行っていた。飛び石を見ながら何やら話している。しばらくすると、東がひょいと飛び石に飛び移る。北条はその様子を顎に手を当てて眺める。
「川で遊ぶところは何歳になっても変わらないのかな」
先ほどの東兄たちを思い出しながら言う。
「それは確かに。今日暑いしね」
莉世たちは、腰を浮かして東たちの元へと歩く。
「何してるの?」
「あ、おまえら。聞いてくれよ。こいつ、この川で遊んだことないって言うんだよ」
西久保の問に、東は北条を顎で指しながら答える。
「えー神社の隣なのに? 珍しい!」
西久保は驚いて北条を見る。
「別に川は、遊ぶところでもない」
北条は、眉間にシワを寄せながら言う。
「こんなに広い川が近所にあんのに、もったいねぇよな〜。だからこの川の魅力を教えてやろうって」
そう言うと、東は飛び石の上で靴を脱ぎ始めた。足をつけると、「やっべ、冷てぇ!」と叫んだ。
「ここ、水きれいだもんね〜。せっかくだし、あたしたちも入ろっか!」西久保は莉世に言う。
「う、うん」
莉世は、西久保に流されるまま靴を脱ぎ、川に足をつけた。
キンキンに冷やされていた水の冷たさが一気に全身を駆け巡る。
「つ、つ、冷た〜い!」
「これやばいね~!」西久保は、楽しそうに叫ぶ。
そんな三人を、北条は冷ややかな目で見ていた。
「ほら北条、靴脱げ、身体冷やすぞ」
「結構だ。別に冷やしたくもない」
「さっき暑いって、言ってたのに……」
莉世は思わず呟く。
「そうだよ。北条全身真っ黒なんだからさ! ほら、魚も泳いでる!」西久保は嬉々として川中を指差す。
「ほら、北条見てみろ、て、ぅおっ!」
東が足を上げた瞬間、バランスを崩し、思い切りすっ転ぶ。その勢いで、北条の顔面にダイレクトに水がかかった。
「あ」「あ」西久保と莉世は同時に叫ぶ。
「あ?」東は全身ずぶ濡れになりながら首を傾げる。
ぴちゃぴちゃと雫が垂れる。しばらく北条は立ち尽くすと、濡れた顔を無言で手で拭った。
「猿……あんたねぇ…………」
西久保は顔を引き攣らせながら呟く。
「ま、ま〜濡れちまったもんは仕方ねぇだろ。俺とお揃いだ! 喜べ!」
東はから笑いしながら大げさに言う。
「家が近くてよかったね……」
莉世も苦笑しながら呟いた。
「……猿」北条は呼ぶ。
「ハイッ」
「次の特訓、覚えておけ」
「ス、スミマセン……」
東は頭を掻きながら謝罪した。
北条は服で顔を拭う。
しかし、濡れた彼から本気で怒りは感じられなかった。
☆☆☆
北条と東が服を着替えに帰った後、しばらく街を探索した。東行きつけの駄菓子屋に寄れば、西久保オススメのゲームセンターへ訪れる。都会から少し離れているものの、生活に必要な店は揃い、遊ぶ場所にも困らなさそうで何不自由なく過ごせそうな街だと知った。
日が暮れたことで、神社前で今日はお開きとなった。
「良い街だろ〜!」
今日一日舵をとっていた東は、健やかな笑顔で問う。
「うん。街の人みんな優しいし、楽しそうな街」
莉世は、本心から答える。その返答を聞いた東は、満足そうに胸を張った。
「北条も、結構地元のこと知れたんじゃない? 川だけじゃなくゲーセンも行ったことないなんてさ」
西久保は北条に問う。
北条はしばらく黙り込むも、「そうだな」と短く答えた。
「じゃ、今日はこのへんで。また学校始まったらな」
「うん。また」
じゃ、と手を振る。東と西久保は各々家路につく。
莉世は、じっと空を見ている北条が気になり、振り返る。
「どうかした?」
そう問うと、我に返ったのか、北条はいや、と首を戻す。
「今日この街を探索して思ったが、物の怪は着実に減っている気がする」
「そうなの?」
「ただの気のせいかもしれんが」北条は肩をすくめる。
「でも、私も最近、夢を視ないの。それは物の怪の数が減っているからなのかも」
「これは、君の父親の業績だな」北条は褒める。
だが、莉世の顔は強張った。
「パパの業績……?」
莉世のその反応に、北条は不思議そうに首を傾げる。
「そのために君たちはこの街に来たのではないか」
★★★