時は、五月下旬。
燐音と水月の姿は、神社横の小川にあった。
その時は、燐音が小学六年生になったばかり。
暮色蒼然の空には、大量の蛍光色が音もなく舞っている。燐音は、嬉々として周囲を見回す。
「何か、前よりもホタルすごく増えた気がする……!」
「そうですね……ですが、とてもきれいです」
水月は、憂いを含んだ目で光を見る。
燐音がホタルを見るのは、「あの日」以来だった。
燐音はふと、紫翠との会話を思い出す。
――――それに、一人で寂しく死ぬわけじゃないでしょ。こうやってたくさんの仲間と一緒だし、僕たちも見守ってあげているんだからさ
――――そうだね。こんなにたくさん仲間がいるなら、寂しくないかも
毎年一緒に見るって約束したのに、その約束は一度も果たされなかったんだ。
急激に、寂しさに襲われる。
「……水月は、私よりも先に死んだりしないよね?」
不安からか、無意識に口から漏れた。
水月は、キョトンとした顔をするも、すぐに表情を崩す。
「しませんよ。僕は人間よりも遥かに長い時を生きられますから」
その返答に安堵し、燐音の緊張がほどけた。
「だったら、安心」
「どうしてです?」
「もう大事な人が、目の前で死ぬのは嫌だもん」
燐音は嬉しそうにホタルを目で追う。
水月は、何も答えなかった。
☆☆☆
「血縁関係があるとさ、結婚ってできないんだね」
燐音は何気なく口にするが、珍しく水月は動揺した。
「……えっと、いきなりどうしたのです?」
「学校で習ったの。兄妹は結婚できないって。血が混じっていたら、結婚できないんでしょ。私たちも、ママが一緒だから結婚はできないんだなって」
「あぁ」
水月はやりずらそうに顔を逸らす。「そういう意味でしたか」
「そういう意味?」
「いえ、何でもありません」
「でもさ、怪異に法律って関係ないよね」
「そうかもしれませんね…………ハイ?」
水月は、再び怪訝な顔をする。
そんな反応が新鮮で、燐音は無意識に頬が緩む。
「ふふっ、私たち、結婚したら、ずっと一緒にいられるじゃん」
燐音は満面の笑みで言った。
「私には水月しかいないんだよ。水月は私のお兄ちゃんなんだから、私の世話をしてくれなきゃやだ。最後まで責任持ってくれなきゃやだ」
だだをこねるように言った。水月はしばらく困惑していたが、観念したように首を振った。
「ふふ、そうですね……。人間の女性は十六歳から結婚できると聞きました。もしあなたが十六歳になった時も、私のそばにいてくれたら、その時は考えてあげますよ」
「言ったね。私、絶対水月にプロポーズしてもらうんだから」
そう言うと、水月は観念したように首を振った。
☆☆☆
――――――――――――
――――――――
そこで再び、映像が途切れた。
だが、今回は白髪の青年は姿を見せない。
「……これで終わり?」莉世は問う。
「えぇ、そうですね……。では、最後にこちらを」
白髪の青年の態度に違和感を抱く。
だが、まもなく映像が始まった。
――――――――
――――――――――――
水月の母親である音葉は、人間に関わった結果、悲惨な末路となった。未来予知ができたはずなのに、人間として生きると決めたことで、盲目になったのだ。
実の母親でありながらも、水月は諦めていた。こうなる未来を視ていたのだ。
水月は知っている。
未来はわかっていても、ほぼ変えることができない。
それこそ、気まぐれで鬼神を春明に送った「神」でもなければ不可能なんだ。
親がいなくて寂しくても、どうせ母親は自分を見捨てる。いくら協力が必要とはいえ、どうせ春明は娘を閉じ込めたままだ。
変わらないものに執着するのにはもう疲れたのだ。
だから水月は、全てを諦めて生きるようになった。
そんな時、神社境内で燐音を見かける。幼い体躯で愛らしい容姿でありながら、あの環を封印したことで周囲から敬遠される存在になった。そして彼女自身も大切な人を失ったことで警戒心が強くなっている。
紫翠が、一途に想った女性。
音葉が、春明が、命をかけて守った娘。
そして、種違いの妹。
人間に深く関わるべきではないとは、母親の一件から決めたことなのに。どうしても一人、寂しそうに蹲る燐音を放っておけなかった。親のいない寂しさを少しでも知っているからなのかもしれない。
気づけば水月は、燐音に声をかけていた。
人間というものは、想像以上に深くて恐い存在だ。
今まではただ上から傍観していただけで気付かなかった。感情というものは、伝染する。
燐音が笑えば笑顔になり、燐音が泣けば心が暗くなる。例え自分が体験しておらずとも、彼女の感情で自分の気分も左右された。そして長い年月を共にするほどに自分にわかりやすく変化が起きた。
水月は、燐音のことを大切に想うようになってしまったのだ。
◇◇◇