燐音が藍河稲荷神社で過ごすようになり、約九年。
燐音は、来週で十六の誕生日を迎えるほどにまで成長した。
「私、絶対、お嫁さんにもらってもらうからね」
燐音がそう口にした時、水月は驚愕した。ポーカーフェイスが自慢でもあったが、さすがに顔が崩れる。
「覚えてないとでも、思った?」
燐音は、勝ち誇ったように笑う。そんな顔すら、今では愛しかった。
燐音が結婚に拘る理由はわかっていた。家庭を持ちたいのではなく、大切な人を失いたくない一心だ。ただの口約束ではなく、形として残る約束がほしいのだろう。そして一人ではないと安心したかった。
水月は目を細める。
そんな形などなくてもずっと傍にいる。だが、幼くして両親と友人を失った彼女を思えば、そう考えるのも致し方ない。それにまだ燐音は十六なのだから。
とはいうものの、燐音に特別な愛情を注ぐ水月は、感情を軽く扱われたようで無性に悔しくなった。
「……紫翠に怒られます」
名前を出すことに躊躇ったものの口にする。
案の定、燐音は寂しそうに笑う。
「紫翠くんはきっと、私が幸せになってくれることを願ってくれるよ……。だって私、水月がいなかったら多分、寂しくて死んじゃってたもん」
燐音は哀愁漂う背中になる。水月はそんな彼女の頭を優しく撫でる。
水月は、感情を堪えるように目を細めた。
「普通、逆なんですけどね」
「逆?」
「大抵、プロポーズは男性からするものです」
「だって、水月はしてくれないでしょ」
「未来を視たのですか?」
ずるいですよ、とどの口がいうのかわからないが、言った。しかし、燐音は「ううん」と首を横に振る。
「最近、未来が視えなくなったの」
「そうなのですか?」
「でも、まー、それでも良いかも」
そう言うと、満面の笑みで水月を見る。
「どんな未来かわかんないほうがワクワクするじゃん」
その笑顔は、一緒に過ごすようになって以降、一番明るくて華やかなものだった。まるで紫翠と一緒にいた時の彼女に戻ったようだ。
何に変えても燐音を護る。
水月は、自分に誓った。
水月は、燐音の誕生日を楽しみにしていた。
「自分だけ先に、確認するのはズルいですよね」
その日から水月は、未来を視ることを意識的に止めた。それが、現実逃避だったのか盲目になっていたのかは、今ではわからない。
◇◇◇
燐音の誕生日当日。
燐音が学校に行っている間、水月はストーンをあしらったブレスレットを準備した。
妖狐ではあるが一応兄妹であるだけ、さすがに指輪を渡す勇気はない。だが、もし彼女がここに帰ってきた時には、人間として生きる覚悟を決めた。
人型を保つには莫大な妖力を費やす。恐らく長くは生きられないが、一応神の使いだ。人間の一生以上は生きられるはず。
親も親なら、子も子だな、とは仲間に散々弄られたが、それでも水月の意思は固かった。
やけに遅い燐音が不安になり、神社の外へ出る。
途端、全身から血の気が引いた。
「燐音!」
小川隅に、燐音が倒れていた。スクールバッグを所持し、手には花を所持している。
慌てて駆け寄るが、すでに体温は感じられず、肌も白くなっていた。外傷がないことから、持病があったのか、彼女の妖力が尽きたかのどちらかだった。
「燐音……燐音………!」
必死に妖力を注ぐが、目を覚まさない。
最近、燐音が未来が見えなくなったのは、彼女の未来がなかったことを示していたのか。
もしも、盲目にならずに未来を視ていたら、
もしも、現実を受け入れる覚悟をしていたら、
例え変えられない未来でも、最後にもう一度だけ燐音の笑顔を見ることができたのかもしれない。
そう思うと、悔しくて悔しくて、思わず目から感情が溢れた。仲間の目も気にできないほどに、惨めな姿だった。
燐音を迎えるように、大量のホタルが現れる。季節が外れているのに、この街を救った燐音を迎えに来たかのような温かさがあった。
腕の中の燐音は、心なし満足気な顔をしていた。
「親が親なら……子も子ですね…………」
無駄だとはわかりつつも、水月は全妖力を燐音に注いだ。次第に燐音を支える腕に力が入らなくなる。そしてゆっくりと視界が白くなった。
水月は、燐音を抱えたまま力尽きる。
燐音は、生き返ることはなかった。
◇◇◇