水月は、門の前に立っていた。
門は二つあった。その間には「運命の審判」と書かれた看板がある。
「……これは?」
周囲を見回すが、誰もいない。
そんな時、空から声が降る。
――――運命の審判です。あなたには、二つの道が与えられました。
「……何だ、これは」
――――一つは、同じ道、霊獣の道。もう一つは、虹ノ宮藍河区の、「土地神」の道。
神の使いであった水月は、理解が早かった。
この世は、魂が廻され輪廻転生が繰り返されるものだ。生前の功績により、人間ではない別の存在に生まれ変わることもあると聞いた。
――――あなたは燐音を救ったことで、虹ノ宮の平和を護った。虹ノ宮の土地神になる権利がある。
自分のように、燐音もまた魂が廻されているはずだ。
土地神として藍河区に有り続ければ、再び燐音に出会えるかもしれない。
だが神は、個人を優先してはいけないはずだ。もしも燐音の生まれ変わりと出会った時のことを思えば、僕に務まる気がしない。
そこで水月の目に、現実を見せるように未来が飛び込む。
「何だ……この未来…………」
デジャヴなのか疑う光景だ。この未来が何年後のものなのかはわからない。
だがこの先、ほぼ確実に再び環の暴動が行われ、燐音たちが同じ運命を辿ることになる。
魂と運命は重なることがある。何十年かに一度、皆既月食が起こるように、この先、最悪なタイミングで魂も運命も重なってしまうのだ。
そうとわかれば、決断は早かった。水月は、「土地神」の門を潜った。
水月は、しばらく土地神として使命を全うした。
その中で、ついに『春明』の生まれ変わりである『秋晴』の気配を感じた。
それと同時に、藍河稲荷神社に封印されていた呪石にヒビが入る。環も、春明の生まれ変わりである秋晴の気配を察知したのかもしれない。
神になる前に視た未来が訪れた。このままでは同じ運命が繰り返されてしまう。
あの悲惨な現実を、再び見ることになってしまう。
そうわかった瞬間、水月は動いた。
神になったことで未来を視る能力は失ったが、過去と同じ運命ならば、一度経験したことで予測はできる。
それに、神だからこそできることがあった。春明に鬼神を送った神のように、簡単な未来は弄ることができるのだ。
まずは、春明の生まれ変わりである秋晴を、この街から追放した。
彼がこの街で環と出会うことが全ての始まりだ。燐音の生まれ変わりに会えなくはなるが、この街を救うことは土地神としての使命であり、何より再び燐音が同じ運命を辿らない為でもあった。むしろ、自分の状況を思えば、燐音の生まれ変わりに出会うべきではない。感情的になったら神として使命を果たせなくなる。
次に、春明の術書を適当な家に置いた。
燐音により、しばらく浄化の必要のない日々だったが、環が動き始めたことで必ず必要になる日が来る。できるだけ浄化に関わりのない、昔からこの街に住む人間の元へ。春明が生前、未来に対して備えてくれていたことに感謝した。
そして、「対物の怪」の為の人物を創る。
五芒星は物に宿るが、人に宿らないとは聞かない。人間が鬼神に生まれ変わることもあるのだから理屈としてもおかしくはない。これはもはや人体実験となるが、土地を護る為に必要な行動と認められるはず。
神としての立場が気がかりであるならば、北条家の呪術により、眷属の「水月」の姿になることもできる。眷属の水月は死んだことから、召喚されない限りは姿を現わせないが、召喚されている間は霊獣として行動することができる。
全てのタイミングは、燐音の生まれ変わりである「莉世」がこの世に誕生する時。そのことで、術書を扱う人間も、対物の怪の人間も、生まれ変わりと同じ年齢になる。
あの運命に立ち向かうには、十分な備えができた。
そして、運命はやはり重なった。
「乙葉は、東京に向かったのか?」
「あぁ。向こうに人間の恋人ができたって。人間として生きるって決めたらしいぜ」
藍河稲荷神社の眷属の会話を耳にした。
乙葉は、音葉の生まれ変わりだ。そして東京といえば、春明の生まれ変わりである秋晴が住んでいる。
もしも二人が出会うことがあるならば、運命通りになり、燐音の生まれ変わりも誕生する。
以降も、予知通りに重なった。
「僕は中学からは、地元の桜鼠中学校に通うんだ」
藍河稲荷神社の宮司の息子である、北条蒼は言った。
すでに呪術の憑依を身に着け、「水月」として彼の前に姿を現せるようになってから話すようになった。
「キミは、一貫校の白扇に通っていたはずでは」
「あぁ。でも、僕が前世でそばにいると誓った人物がこの街に来るんだ」
水月は、静止する。
「前世……?」
「僕の前世は、どうやら紫翠という名前だったようだ」
「記憶があるのですか?」
そう問うと、北条はやり辛そうに小さく頷いた。
秋晴と乙葉も出逢えば、紫翠と燐音も再び出逢う。
備えは万全のはずだが、やはり重なる運命が恐くなる。本当に過去の暴動を止めることはできるのか。
だが、水月の顔は緩む。この街から追放したのは自分だが、それでも燐音の生まれ変わりがこの街に来ることになる。その運命は変わらない。
絶対口には出せない。出したら自分は消えてしまう。
そして燐音の生まれ変わりである莉世がこの街に現れた瞬間、ついぞ耐えられなくなった。
水月は思わず、莉世の前に姿を現わしてしまったのだった。
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