そこで目が覚めた。
隣には、何も言わない白髪の青年の姿があった。その姿は、まさに今見ていた映像の土地神と同じだった。
「あなたは、土地神なのですね…………」
「……さぁ、どうでしょう。この世に自分に似た人物は、三人いると言われてますしね」
白髪の青年は引き攣った顔をして言う。「って、今は冗談を言うべきではありませんね……」
そう言うと、白髪の青年、水月は、その場に立ち上がる。莉世は静かに水月を見る。
「恐らくあなたの能力は、夢で『未来』を視る力ではなく『過去』を視る力……それも、過去と『重なる運命』だけを視る力だったのです。だから、過去と違う結末になる瞬間に目が覚めていたのです」
確かにいつも自分が襲われそうになった瞬間に目が覚めた。結末の違う運命は見られなかったということだろうか。
「同じ運命を辿っていたことで未来を視ていると錯覚していたのです。そして過去に私たちが出会ったのは、環の暴動の後ですし、恐らく水月にもまだ出会っていないでしょう。だからあなたの夢に私はいなかった」
夢の節々で違和感を感じたことがあった。それは過去と現在の「ずれ」だったんだ。
「私は、再び訪れる運命を阻止する為に、土地神として生まれ変わりました。ですがその感情は、結局個人を優先したものだったのです」
そう言うと同時に、水月の身体がチリとなり始める。
「す、水月……!」
「あまりにも個人に感情移入し過ぎた罰です、ね。神ですし、恐らく魂も廻されません」
「水月は、未来を変えていない……!」
そう言うが、水月は柔和に目を細める。
「私は、神としてやってはいけないことをやりました。個人の運命を無理やり変えるだなんてこと、してはいけないのです」
「一体……何のことを…………」
「もう、おわかりでしょう。あなたがこの空間に来たタイミングを。私が時を止めたタイミングを」
ハッとして周囲を見回す。いつの間にか操の空間は消え、水月が時を止めた光景に戻っていた。
腕の中には、今にも力尽きそうな北条がいる。
先ほど見た、燐音の運命と重なった。
「残念ながらいくら神であれ、死んだ人間を生き返らせることはできません。ですが蒼はまだ生きている。とはいえこのままだと、確実に死ぬ。そのせいであなたは、先ほど見た燐音と同じ運命を辿ることになるのです。ですが、当然ですがこの世界に霊獣である『水月』はいない。生まれ変わりが私、ですからね」
――――紫翠くんはきっと、私が幸せになってくれることを願ってくれるよ……。だって私、水月がいなかったら多分、寂しくて死んじゃってたもん
「恐らく莉世さんは、前世よりも辛い未来を歩むことになるはずです。だから私は、蒼を死なせないことにしたのです。蒼を迎えにきた死神に軽蔑される行為ですね。これにより、大きく未来が変わるはず」
水月は、莉世の頬に手を当てる。それに答えるように、莉世は、自分の手を添える。
その手は、ふるふると震えていた。
「私よりも先に、死なないんじゃ、なかったの…………」
莉世の目から涙が溢れた。
水月は、無言で涙を拭う。
「見送る者は辛いですね……。私も今まで何万人と見送ってきました。ですが、見守られるのは案外、気分が良いものです」
そんな水月の目にも、うっすら感情が浮かんでいた。
「前世では、紫翠に顔向けできませんでしたが……今回は彼に託すことにします。これでチャラにしてくれますかね」
水月は、莉世の腕の中に眠る北条に伝える。
「莉世……僕のお願いだよ」
水月は、莉世を真っ直ぐ見る。
莉世は、ビー玉のような目で水月を見る。
「笑っておくれ」
水月の身体は、胴体まで消えていた。
莉世は、精一杯の笑顔を見せた。その顔は引き攣り、心からの笑顔ではなかった。
だが、笑顔を見せてくれた莉世の感情だけで、水月は満足だった。
誰かが水月に問うていた。
おまえは何故、神になったのだ、と。
答えによっては、水月は消える。しかし、すでに神としての役目は終え、目的も達成した。
夢から覚める時が来たのだ。
「南雲莉世を、護る為です」
水月がそう宣言した瞬間、身体がチリとなった。
莉世が泣き崩れる中、静かに時間は動き始めた。
【5時間目:歴史】完