その後、三人で西久保の元に向かった。
西久保も、意識は回復していた。腕にはギプスを、頭には包帯が巻かれ、周囲には点滴パックなども確認できる。四人の中で、一番重症であったとはすぐに伝わった。
身体は起こせていないが、無愛想に顔を背けている。ドアを開けても、こちらに顔を向けない。
莉世は、傍の椅子にちょこんと座る。気を遣っているのか、東と北条は、ドアの外で待っていた。
西久保と莉世だけの室内に、沈黙が生まれる。
「…………謝らないからね……」
莉世は、切り出した。西久保は、窓を見たまま目を
細める。
「私も妖狐の自分に意識を支配されたからわかる。憑依されても自分は存在する。西久保さんは、私に嫉妬していたし、そこを環に漬け込まれたとは、過去を確認して知ったんだ。意識が全く無かったと言われても、やっぱり納得できない。だって、パパは死んだんだもん……」
莉世は、こみ上げてくる感情を飲み込んで、平静を装う。西久保は反応しない。
「だから、お互い様。そのキズは、少なからず私がつけたもの。これで、なかったことにしてほしい……」
莉世の言葉に、西久保はじっと目を細めたまま、しばらく思案する。
「あたし、莉世ちゃんが羨ましかった」西久保は言う。
「北条に、……ううん、正確にはあの狐面の人に、一目惚れだったの。だから、どんどん距離を縮めていく莉世ちゃんに嫉妬しちゃって……それに北条も、莉世ちゃんのことしか見えていない感じだったし……莉世ちゃんは東京から来た都会っ子だし、服もオシャレでかわいいし……ずるいなぁって」
西久保の声は震えていた。莉世に顔を見せないのは頑なな意志に思える。
北条が前世の記憶を所持していることから、莉世のことしか見えていない自覚はあった。
「北条がいなかったらあたし死んでたし、それにあんなに女の子扱いしてくれる人も初めてだった。でも、今考えると北条に執着していたのかもしれない……」
「……西久保さんのことを大事に思ってくれている人は、北条くんだけじゃないよ……」
莉世は思わず口にする。あまりにも近くて、西久保が気づいていないことに、彼に同情したのもあった。
「誰よりも近くて、常に気にかけてくれている人が昔から西久保さんのそばにいるじゃん……それに、もし彼がいなかったら、今頃西久保さんは、私に殺されていたかもしれないんだから……」
西久保は誰のことか察したのか、静かに目を閉じる。
「それならもうちょっと、素直になってほしいんだけどね」
☆☆☆
「あいつ、どうだった?」
病室から出てきた莉世に、東は問う。
「うん。ちゃんと意識は戻っていたよ」
「は〜やっと起きやがったか! 手間かけさすんじゃねーぞあいつ。ったくちょっと説教してやる」
息巻いてドアに向かう東に、莉世は慌てて手を振る。
「ま、待って東くん。西久保さん怪我人で……」
「んなもん知るか! 俺がどれだけ身体張ってやったと思ってんだ。覚えてねぇとは言わせねぇぞ」
そう言うと、東は病室のドアをガラリと開く。
莉世はあわあわしながらも、北条に肩を叩かれたことで、その場を後にした。
「だ、大丈夫かな……」
「むしろ彼らは、あれが通常だ」
「そうだけど……」
「僕らもまだ怪我人だ。今日は安静にしよう」
「そうだね……」
北条に説得される形で部屋を後にした。
☆☆☆
次の日、莉世と北条は無事に退院する。
莉世は、父親が亡くなったことで、数日は学校どころではなかった。前世と違い、まだ祖母が生きているだけ、子どもの莉世が一人になることはない。
それでも、父親がいない現実に何度も目を逸らしそうになる。食事もしばらくまともに取れなかったが、せっかく祖母の作ってくれた料理を残すことに罪悪感を抱き、次第に手を付けるようになった。
久しぶりに口にした温かい料理に、莉世はまた少しだけ泣いた。
半月ほどかかり、ゆっくりと心身共に回復しつつある時に、スマホに連絡が届く。
相手は、北条だった。
☆☆☆
時刻は、午前九時三十分。
莉世は、藍河稲荷神社に訪れた。
昨夜、北条から「鬼神が環を捉えた」との連絡があった。平日であるだけ、忌引のない北条は登校しなければいけない。だが内容が内容であるだけ、莉世は一人でも早くに向かった。
神社境内、封印の社に続く関係者エリアに辿り着く。
バサッと羽ばたく音に空を見上げると、松風が宙に浮いていた。地上にいる日向と話している。
環の封印が解けた時に鬼神たちが止められず怪我を負っただけ不安だったが、変わらぬ皆の姿に、莉世は安堵した。
「松風さん!」
「うぉっ、莉世ちゃん」
松風は、莉世を見るなり顔を強張らせる。「や、やぁ、ごきげんよう」
「どうしたんだ、松風」
日向は眉をひそめる。莉世も首を傾げる。
「ははっ、覚えていないなら、それで良いけど」
松風は、笛を吹くように顔を反らした。
「あの……北条くんから、環を捉えたって連絡があったんですけど……」
莉世は、恐る恐る問う。日向と松風は、待ってましたと言わんばかりに口元を緩める。
「あぁ。やっと捉えることができたんだ。我々も流石に意地になった」
「そうだな。特にオレと日向は、きっちり挨拶しなきゃならなかったし」松風は愉快げに笑う。
「ただ、久しぶりに街に出ただけ少し手こずった。やはり百年も前になると随分街も変わっているものだ」
「そういえば、この神社抜けられたんですね」
「いきなり結界が解けたんだ。でも、まぁ、タイミングを考えれば、何となく見当はつくか……」
松風は、言葉を濁す。一番速く莉世たちの元に駆けつけた松風は、父親の秋晴が亡くなってすぐに現れた。
「環は捉えた。もうほぼ妖力も尽きているので襲っても来ん。だが、我々は浄化することができん。忙しい時に悪いが、あとは莉世に頼むしかなかったんだ」
日向は、淡々と説明した。
莉世は、静かに頷く。
「うん……その為に、早くにここに来たんだから」
怯えの感じられない彼女に、日向は小さく頷くと、「では」と封印の社へと歩き始めた。
☆☆☆