封印の社に辿り着く。
日向が扉を開けると、そこには十人の鬼神の姿があった。
操や斑に、初めて見る鬼神もいる。皆人型だが、人間ではない空気が漂っていた。
「莉世ちゃん! おっそいぞ!」
ツインテールに尻尾の生えた鬼神、八角は、眉間にしわを寄せ、ピリピリした態度で腕を組む。
「やっと来たかァ、遅せェんだよ」
乱丸は、吐き捨てるように言う。
莉世は「すみません……」と思わず謝るが、「あいつのことは、無視で良い」と日向にフォローされる。
「皆さん、お揃いなんですね」
「あぁ。妖力がないとはいえ、万が一があったら笑いごとじゃ済まないからな」
莉世は、中央に顔を向ける。割れた呪石に張り付けられるように、環が捉えられていた。
半妖の姿でありながら、尻尾は全て切り落とされ、身体も頑丈に拘束されている。妖力もほぼ感じない。誰もが目の眩む美貌も傷だらけで、顔も憔悴し、起きる気配も見せない。
変わり果てた姿だが、あの時西久保から抜けた環の姿と一致している。環に違いなかった。
莉世は、感情が溢れ出そうになる。少しずつ回復してきたとはいえ、元凶を目にすると熱くなった。
莉世の態度に気付いた日向は、彼女の肩を叩く。
「我らも随分、環に世話になったからな。充分に借りを返させてもらった。だが、浄化ができん。だから、ここにいる全員分背負っておまえが終わらせてくれ。そして」
そう言うと、日向は環に視線を向ける。「この運命を断ち切るんだ」
この世に繰り返される魂と運命が最悪のタイミングで重なった。それを断ち切れるのは、紛れもなく水月の存在だった。
神になってさえ重なる運命を断つことのできなかった水月が、命をかけて創り出した新しい運命なんだ。
様々な人たちの人生を知ったことで、莉世は一人でない力強さを感じていた。
もう、警戒なんてしない。
もう、未来を恐れることはない。
何よりこの街で一番力があるのは、燐音の生まれ変わりである自分なのだから。
莉世は胸に手をかざし、妖狐化した。
半妖の姿に、各々会話していた鬼神たちも莉世を注視する。
「ありがとう、皆……ちゃんと私が、終わらせるから」
そう言うと、莉世は両手に五芒星の魔法陣を浮かべた。
☆☆☆
時刻は、午後二時四十五分。
莉世は、帰宅時を歩いていた。環の浄化を終え、鬼神たちに昼食をご馳走になった後、数日世話になった寝室を片付けて神社を後にした。
梅雨入りの時期であるが、今日はギリギリ雨を堪える。そんな曇天の空を見上げながら莉世は思案する。
昼食時、日向たちとの会話を思い返した。
環の浄化を終え、昼食をご馳走になった。
この日は、松風が振る舞ってくれた。意外と料理は得意なのかハンバーグにサラダ、スープ、デザートまでついた中学生ウケの良い献立だった。
日向が対抗心剥き出しに声をかけると「一応オレも、家庭のことを考えた時があったからな」と松風は肩をすくめた。
「我々は元々、春明の補佐する為の鬼神だ。環のいなくなった今、使命を全うすることは出来ない」
莉世が昼食を取っている時、日向は深刻な表情で切り出した。
「お役目御免っつーやつッスね」
左門がウンウン頷きながら同意する。
使命を全うできないということは、鬼神たちも消えるということだろうか。
莉世は、口に運びかけたポテトサラダを戻す。
「で、でも、皆さんは元々この街を救ってきた方たちなんですよね。環を捉えたことも、この街を救ったことになるはずで……だから……」
莉世は、鬼神たちを見る。「ただ春明さんを補佐する為の存在じゃない。この街を救う為の『守り神』なんですよ」
「ははっ、守り神か。確かにオレらがしてたこと全部、この街の為でもあったな」
松風は、調味料を片付けながら同意する。
「だから、これからは私たちと一緒に活動してくれませんか?」
「莉世たちと活動?」日向は、素朴に問う。
「はい。私たち一応、物の怪を浄化する目的で、同盟を組んでいるんです」
「浄化隊復活か」松風の顔には笑顔が浮かんでいた。
「蒼がどう言うかによるか」
そう答えた日向の顔も、心なし綻んでいた。
今思えば莉世たち四人が出会ったのは、運命が導いたのだろう。西久保は水月の置いた術書を所持し、東は水月が対物の怪の人物として生み出した。莉世と北条は、もはや言うまでもない。
もしかしたら、春明の元に鬼神が送られたように、神のいたずらだったのかもしれない。何にせよ、仲間がいたお陰で、莉世は現実に立ち向かう勇気がついたのだから。
東たちにもその件を伝えると、「当然だ」と即答で返ってきた。
「和奏が復活したら、本格的に活動な。そんで、大学卒業までには虹ノ宮に名を知らせてやるんだ」
「就活する気ないじゃん」莉世は笑う。
「それまで長く活動続けるっつー意志だ。何よりほら、前に月食見られなかっただろ」
「月食?」
北条は首を傾げる。環を追っていたことからニュースを見る暇もなかったのだろう。
「環の封印が解けた次の日、実は皆既月食だったの」
「八十五年振りだっつーのにおまえら揃って休みやがったからな。次は六十年後だ。その時まで活動するぞ」
「六十年後って言ったら、私たち、七十三才?」
「生きてたら良いがな」
「少なくとも俺は死なねぇ!」
東の無鉄砲な言葉に、莉世と北条は笑った。
莉世は環を封印して以降、夢を視なくなった。水月の言う通りならば、重なる運命が断ち切られたことが要因だろう。
未来が確認できないことは少し恐い。そもそも自分には未来がないのではないのかと、燐音の人生を見ただけに不安になった。
「どんな未来かわかんないほうがワクワクするじゃん」
燐音が、耳元で囁いた気がした。
☆☆☆