廃病院の一件から、自分には「夢で未来を視る力がある」という現実を受け入れた。そのことから、以前も抱いた違和感を感じた。
どうして自分は、今まで無事だったのか。
神隠しの時は鬼に、廃病院の時は少女に襲われた。そして現実でも、夢で視た内容と変わらないことが起こった。
――――ですが、あなたは全ての未来を視ているわけじゃない。選択の仕方を変えれば、例え視た未来でも意味が変わってくるかもしれません。
白髪の青年の言う通り、襲われた瞬間に目が覚めているので、その後どうなっているのかはわからない。
今まで偶然、良い選択が行えて無事だったということだろうか。
本当に自分の見ている夢は「未来」なのか――――?
「あの狐の人、誰なんだろうね」
西久保の声で正気に戻る。顔を上げると、西久保は唇を突き出してお弁当をつついていた。そういえば今は、昼休み休憩中だったと思い出す。
「莉世ちゃんも不思議だと思わない? 身長変わんないし、多分あたしたちと同い年くらいでしょ」
西久保は玉子焼きを箸でつまみながら言う。
莉世は狐面の少年を思い出す。
「そもそも人間じゃないんじゃ……壁とか天井走ってたし……」
莉世の返答に、西久保は顔を歪める。
「え、だったら怪異? やだやだ、そんなわけないでしょ」
西久保は大げさに手を振る。「怪異っぽくないし、ほら、忍者だって壁とか走るじゃん」
狐面の少年がもし人間でないなら、必然的に「怪異」となる。
「でも、万が一怪異だったとしても、それはそれで良いかも」
「怪異でも?」不意打ちの言葉に莉世は目を丸くする。
「うん。ほら、漫画とかでもあるじゃん。あやかしと人間が恋に落ちる恋愛作品。かのカリスマ陰陽師も、人間と妖狐の間に生まれたことで超能力を持っていたらしいし」
西久保は納得するように頷く。そんな彼女を莉世はじっと見る。
「えっと……薄々思っていたけど、西久保さんって、狐の人が、気になってたり……?」
「へへ、実はね」西久保は、ふにゃっと笑って答えた。
「だってさ、あたしあの人がいなかったら死んでいたかもしんないし、顔はわからないけど、雰囲気からイケメンなのは確実だって」
意気揚々と話す西久保の頬は染まる。
「多分年齢は同じくらいだよね。もしかしたら少し上かな。話し方とか大人っぽい感じだったしね。それに助けてもらった時いい香りしたんだよね。へへっ。仮面の下は絶対かっこいいに決まってる」
西久保は表情をコロコロ変えて上機嫌に話す。そんな彼女を見て莉世は無意識に頬が緩む。
好きな人の話をする人って、これだけ可愛く見えるものなんだ。
「よかったら、莉世ちゃんも協力してほしいな」
西久保は懇願するように言う。
「もちろんだよ。また会えると良いね」
莉世は素直に答えた。莉世の返答を聞いた西久保は、満足したように再びお弁当をつつく。
自分の未来を視る力で協力できないものか、とぼんやり考えていたが、そこで、そういえば彼も夢で出会ったことがないなと気付く。
楽しそうにお弁当をつつく西久保を見ながら、莉世も昼食を取った。
【中間休み】
「今日は席替えでもやるか」
入学式から二週間が経ち、学校生活にも少し慣れつつあった午後のホームルーム時。担任は突然宣言した。
「はぁ、いきなりかよ!」
「せっかく窓側なのに」
クラスメイトは口々に反論する。周囲の人物で学校生活の左右される席替えは、生徒にとって中々重要なイベントだ。
しかし、担任にとったら、ただホームルームの時間を埋める為の行為でしかない。現に担任は、聞く耳持たずにせっせと紙に番号を記入していく。
「よーし、じゃー順番にくじ引いていけ。どっちから引くか、東と和田、じゃんけん」
担任に指名された、名簿一番の東と、一番最後の和田という女子はその場に立ち上がる。彼らの勝敗に運命が左右される為、名簿が近いものは「勝てよ」「負けんなよ」とプレッシャーを与える。
「あたしたちはどっちでも良いよね〜」
西久保は呟く。確かに中央であるだけにどちら側から始まろうとほぼ順番は変わらない。
「真ん中、当てられやすいし嫌だったけど、莉世ちゃんと離れるのは残念」
「私も、西久保さんと離れるの寂しい」
西久保の言う通り、教壇のある列に並ぶこの中央席は、教師と目が合いやすく、問題の解答者に選ばれることが多かった。だが、せっかく話せるようになった西久保と離れるのは、少し心細かった。
西久保と他愛無い話をしていると、「あ〜やっちまった〜!」と悲壮感溢れる声が響く。西久保は、「見なくてもわかるのさすが猿」と呟いた。
和田から順にくじが引かれ、東が悔しそうな顔で最後のひとつを取ると、担任は黒板に座席番号を記載していく。
「じゃ、莉世ちゃん。新しい席でも頑張って」
「西久保さんも」
鞄と教科書を整理すると、担任の割り振った番号と同じところへ移動する。
莉世は、窓側から二列目の最後尾席だった。中央でないだけ安堵するも、最後尾席はプリントを回収する役目になることが多いので、アタリともハズレとも言えない。小さく息を吐きながら隣の窓側席を見る。
当然といった佇まいで、北条が座っていた。
「北条くん、また窓側席なんだね」
莉世は苦笑する。北条は前の席も窓側で、今回は最後尾席になっただけだった。
「移動が楽だった」北条は、真顔で両手を広げる。
「窓側席は人気だから羨ましいよ」
荷物を片していると、「おいおい、まじかよ」とテンションの高い声が迫る。莉世は、無言で顔を上げる。
「こんなことあんのかよ。残りものには福があるってこういうことか」
声主の東は、嬉々として莉世の前座席に荷物を置く。
「どうせだったら、それぞれ方角にわかれたらよかったのによ。俺ら四神なんだから、ほら教室を守る守護神って」
東がベラベラ喋る後ろでは、引き攣った顔の西久保がいた。
「うわ、最悪だし」
西久保は、東の隣、北条の前座席に座ると、「莉世ちゃん、また近いね」と振り向く。
西久保の反応に、東は眉間にシワを寄せる。
「最悪ってなんだ最悪って。東西南北が揃ったんだぞ」
「だって、あんたが隣とか絶対うるさいじゃん」
「それは真面目に授業聞いてる奴にしか許されねぇ言葉だ」
「あたしはちゃんと授業聞いてます〜!」
「授業聞いてるやつは、授業中に喧嘩しない」
担任は、にこやかな顔で二人に割り入る。周囲からもクスクス笑う声が響く。
担任の仲裁に、東も西久保も肩をすぼめて着席した。
まさか四人が前後左右で固まるとは思わず唖然とした。こんな未来は予想していなかった。
「騒がしくなりそうだね」
隣を向いて小声で言うと、北条は目を細めて頷いた。
廃病院での一件以降、東と西久保の中で正義感が生まれた。東は物の怪を殴った、西久保は物の怪を浄化した、という経験からきたようだ。
とはいうものの裏では、東はいつか物の怪を見ることができるのではと、西久保は狐面の少年に会えるのではないのか、と考えていた。その結果、二人は以前よりも怪異に興味を持ちはじめた。
しかし、最初に鬼に遭遇した時に一緒にいた友人たちは怪異を怖がり、その場にいなかった人たちは怪異を信用していない。
それに北条曰く、西久保の持つ術書は、かなり価値のあるものらしい。この本を狙う者が出てくる可能性があるだけに、むやみやたらに浄化のことを皆に言うべきでない、と北条に釘を刺された。
そんな中、神が導いたかのような席替え。
そのお陰で、必然的に四人で話す機会が増えた。
「今日から特訓をするぞ」
昼休み休憩中、クラス内で昼食を取っている時。東はコロッケパンに齧りつきながら突然宣言した。
「物の怪は人類を超越した力を持っている。おまえらは特に思ったろ。前の病院での時、俺らには力が必要だって」
「それは、ちょっと思ったかも」莉世は正直に言う。
「俺にはわかんねぇが、おまえらの悲壮感溢れる顔を見りゃ、どんなけ物の怪が恐ろしいのかがわかる」
「あんたはむしろ、物の怪を警戒するメンタルが必要かもね」
「そうだ。俺はおまえら以上に鍛える必要がある」
西久保の野次に、東は珍しく反論しない。
「いくらヤマンバの本があるとはいえ、せめて物の怪に動じないメンタルと筋肉は必要だろ」
他の皆はそれぞれ思案する。病院で少女と対峙した時に改めて感じた。物の怪は、人並み外れた身体能力を持つバケモノだ。あの時も狐面の少年が来てくれなければ、今頃誰かの脚が取られていたかもしれない。
好奇心や正義感などの精神論だけでは命の危険が迫ってしまうと実感していたのだ。
「でも、具体的に特訓って何するのさ」
西久保は問う。東は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
「ほら、アレだ。修行といえば、滝に打たれる、とか」
「そんなことだと思った」
西久保は即答する。「むしろ何か考えてる方が驚きだし」
「うるせぇな。俺は直感で行動してるだけだ」
「開き直ったね」莉世は苦笑する。
ぐだぐだの会議が行われていたが、ふと北条が険しい顔をしていることに気付く。
「どうかした?」
そう問うと、北条は落ち着いた佇まいで顔を上げる。
「……物の怪と対峙するのは危険だ。だが今は、呪石の影響で怪異が増え、誰かが物の怪を浄化しなければいけない状況なんだ」
北条は冷静に説明する。彼の真剣な空気に飲まれ、三人は黙って顔を向ける。
「以前言った『四人ならば可能かもしれない』という言葉は本心だ。君たちが本気で望むと言うのならば、僕はその気持ちに応えようと思う」
まっすぐ放たれたその言葉に息を呑む。
東は「おうともさ」と両拳を合わせてすぐに答えた。
「もとよりそのつもりで言ったんだぜ。強くなれんならなんだってやってやるよ」
「北条、あたしの術書のこと知ってたもんね。むしろ教えてほしいかも」
東に続き、西久保も笑顔で答えた。
「もちろん、南の南雲もな」
東と西久保は莉世に振り向く。反射的に肩を震わせるも、以前よりも警戒心は薄れていた。
怖気づきながらも、小さく頷いた。
☆☆☆