第二セメスター:十一月➀



「空ちゃん。そろそろ俺といるときは、敬語やめない?」

 十一月の初旬土曜日。私はアルバイト、土屋さんは研究室が終わった後に、いつものように食事をしていた。
 今日は大型ショッピングモール内のパスタ屋。この後、映画も見る予定だった。

 私は、パスタを巻き付けていた手を止めて土屋さんを見る。

「え?」

「だって、俺らもう付き合って二ヶ月経ったんだよ。そろそろ砕けてくれないとさ。いつまでも敬語だと距離感あるな〜」

 土屋さんは、米粉パンをちぎりながら言う。

 私は、口籠る。「や、何と言うか……ずっとこの話し方ですし」

「俺のことも、『すばる』って呼んでよ」

「無理!」

 たまげて声が出る。そんな様子を見て「どうしたのさ」と土屋さんは笑う。

「名前呼びなんて……ハードル高くていきなり無理です!」

「無理じゃない、やるの」
 土屋さんは、ムッとした顔で言う。

「空ちゃんの中で、俺は、ずっと先輩止まりなんだ?」

「ち、違います……!」

 私は勢いよく土屋さんを見る。彼は、ん? と余裕のある態度で首を傾げる。

「少しずつ……慣れさせてください……」

「だね。もう今月で、俺も先輩じゃなくなるわけだし」

 土屋さんは、パンを口に放り込む。私は表情が暗くなる。

 今月末に学園祭があり、それが終わると三年生は引退して代が変わる。土屋さんも、部長ではなくなってしまうんだ。

 途端、胸が寂しくなる。この半年間、天文部で過ごし、上級生にかなりお世話になった。これからはみんなと空を見ることはなくなるんだ。

「もしかして寂しくなった?」
 
 土屋さんにバレる。彼には隠せないものだ。

「はい……土屋さんとは、今こそこうして一緒にいられてますが、やっぱり初めて会った天文部で空を見上げる土屋さんが、一番私の中で印象深いので……」

「空は、いつだって見られるよ」

 土屋さんは、冷静に言う。ふと、彼を見る。

「俺は空ちゃんを誰にも渡す気はないし。寂しくなったら、俺はいつでもそばに飛んでいく。空ちゃんを一人にはしないよ。この先もずっと一緒に、空を見上げるんだ」

 土屋さんの言葉に、思わず涙がこみ上げる。
 この大学に来たきっかけの人に、こんな言葉を言われて揺らがないほうがおかしい。

 私に気づいた土屋さんは、「そんな心配するなら、名前で呼ぶ練習しよ?」と苦笑しながら頭を撫でてくれた。

第2セメスター:11月

 十一月も、学園祭の準備で忙しかった。 
 うちの大学は三日間、学園祭の期間が設けられる。その間は講義もなく、学内全体に百以上の出店があり、大型のステージも設置される。学内全体がお祭り騒ぎになる。

 今日は、天文部で出す天文部カフェの打ち合わせだった。

「基本的に調理経験のある男がキッチンに入って、展示班の人がトッピング。一年生の女の子は接客で」
 カフェ企画の人が説明する。私たちは頷いた。

 天文部カフェは、企画の人以外は基本的にボランティアだった。一番下っ端ということで、一年生女の子はほぼ強制的に接客を任される。

「メニューは、パンケーキとドリンク。テイクアウト用のクッキーもね。チョコペンとアラザンで星座をトッピング」

 学園祭で扱う食品も、衛生的に決められていた。なので、フルーツやクリームなどの生モノは禁止されている。学園祭らしい、低クオリティのものしか出せなかった。

「どうよ。中々良いんじゃね?」
 天草が、胸を張って言う。その横で金城も頷いていた。

 私と月夜は、出されたそれを見る。

「か、かわいい!」

「だろ? 俺と銀河の努力の結晶だぜ」

 これぞ星の結晶! と天草は喚く。

 見本として作られたパンケーキは、想像以上にかわいいものだった。パンケーキの上に銀色のアラザンで星を表現し、チョコペンで星座を描く。

 天草は、バイトのキッチン経験があり、金城は、手先が器用な展示班だ。月夜もトッピングの手伝いをする。

 私は、絵心がない一年生女なので、ただホール接客しかできなかった。

「良いじゃん。おまえら、才能あるよ」

 企画の人が私たちの元に来ると、天草の肩を叩きながら言った。「天草、おまえ以外と料理できるんだな」

「一応、自炊してますから。それに、ずっとキッチンで働いてますし」

「頼りになるよ。それにしても悪いな、こっちも手伝わせて」

 企画の人は申し訳なさそうに言う。

「天文部の展示だけでも精いっぱいって、こっちは中々人が足りないからさ」

「全然っすよ。むしろ楽しいんで」
 天草は言う。

「そうですよ。俺にできることなら、何でも言ってください」
 金城は、出来過ぎた言葉を言う。

「ははっ、金城がいたら、例え外国人がきても安心だな。心強いよ」

 ガラッとドアが開かれる。そこには土屋さんがいた。

 土屋さんは、私を見ると、一瞬顔が険しくなった。

「あ、部長。ちょうど今、試作してたところです。どうでしょう?」

 企画の人が、試作を持って土屋さんの下へ向かう。土屋さんは、表情を変えて確認すると、「良いじゃん」と頷いた。

「これ、誰が作ったの?」

「あ、俺らっす」
 天草は、手を上げた後、金城を指差す。

 土屋さんは、彼らをジッと見ると、「器用だね」と目を細めた。

 何だかドキドキした。
 部内では、土屋さんとの関係を隠しているので、ソワソワしてしまう。
 それに、土屋さんの久しぶりに見る部長の姿にも緊張した。

 そんな様子を、月夜がジッと見ていた。

***