天草のアパートに辿り着く。一Kのいたって普通の部屋。だが、普段お調子ものの彼が自立している姿が、何だか歯痒く感じた。
室内に入る。六畳一間にベッド、テレビ、ゲームなど生活感が溢れている。
ゲームやスケートボード、ギターがあり、彼の趣味の多さが目に見えた。
「俺、風呂入ってくっけど、おまえは?」
天草は言う。
「い、いや、さすがに悪いよ」
そう答えると、適当にくつろいでな、と天草は浴室に行った。
私は、居心地が悪いまま、室内を見回す。ローテーブルには、タバコと灰皿があった。銘柄はタバコを吸わない私でも知ってる有名なブランドだった。伯父が吸っていたな、とふと思い返す。
少し意識し過ぎだ。天草は、いつもと変わらない。友人に話しかけるような普段の天草だ。
男の人の家に上がるなんて良かったのだろうか、と性別を意識するほうがおかしいか。友人ならそこで区別するのは、何だか悪い。
「何、縮こまってんの?」
声が聞こえて肩を飛び上がらせる。振り向くと、天草は部屋着に着替えていた。頭をタオルでふき、こちらまで来る。
近くに座ると、タバコと灰皿を手に取った。
「ちょっと吸ってくるから。寝るならベッド使えよ」
「い、いや、さすがに悪い」
「俺は今日、散々寝たからまだ眠くねぇんだよ。寝るなら邪魔だからベッド行ってくれ」
「な、なにそれ!」
私は、ムキになる。ま、そういうことで、と天草はベランダへと行った。
どうしたら良いかわからず、ソワソワしていた。
ベランダを見ると、空を見上げながらタバコを吸う天草の姿が目に入る。
そんな姿が、いつかの彼に重なった。
気づけば、私もベランダに出てた。天草が、クサイだろ、とタバコの煙を手でかき消すようにする。そんな仕草まで重ねてしまう。
「私、タバコは吸いたいとは思わないけど、人が吸ってる姿は好きなんだ」
私は、開き直ったように言う。
天草は、「そうか?」とどこか照れたように背筋を伸ばした。
「天草は、大人だね」
「大人か?」
「大人だよ。タバコも吸えるし、お酒も強い。それに、案外周りを見てる」
私は言う。
天草は、タバコを深く吸い、息を吐き出すと、「そうかなぁ」とぼやいた。
冬に入った夜は冷え、ほどなくして部屋に入った。
天草のお言葉に甘え、ベッドを使わせてもらった。マットレスがフカフカで、横になった瞬間に眠気が襲った。
天草の匂いがする。ラベンダーに灰の混じったおしゃれな香りの土屋さんとは正反対の、柔軟剤のさっぱりした香りの中に、かすかに残る灰の大人な香り。
本当に実家のようだな、と思いながら目を閉じた。
***
朝になった。
久しぶりにぐっすりと寝た。人の家でしっかり寝るなんて、大したもんだ。
時計を見ると、七時半。
ベッドから身体を起こすと、天草は、ベッドに背を預け、腕を組みながら寝ていた。この状態ではどちらがこの家の主かわからない。
さすがに申し訳なくなり、身体を起こす。その音で、天草は目を覚ます。
「よぉ、寝れたか?」
「うん。ごめん、ベッド占領しちゃって」
「別に」
天草は、大きく伸びをすると、私に向き直る。
「俺、九時からバイトだから、悪いけどそろそろ」
「ううん。泊まらせてくれてありがとう」
私は、力なく笑う。
天草は、私を見ると、冷蔵庫から何か取り出した。
皿におにぎりとベーコンエッグが乗っている。
「朝メシ。食ってから帰りな」
「お母さんみたいだね」
「うっせ、こちとら一人暮らし歴は長いんだ」
天草は口を曲げて言う。私は有難く朝食プレートを受け取った。
「本当にありがとう」
「だから良いって言ってんだろ」
「またお礼する。学食でも」
そう言うと、天草はしばらく黙り込む。
「別のお礼?」
「そうだな」
「できれば、ビフテキ定食程度で」
「おまえ次第かな」
天草は、そう言うと、こちらに顔を向ける。
「来週の土曜日、暇か?」
「土曜日?」
「その日一日付き合えよ。気晴らしに遊びに行こうぜ」
***