目先で金城と水谷さんが、手を繋いで歩いている。その姿は、付き合いたての幸せカップルのように見える。少なくとも水谷さんの方は。
ここは、大学のキャンパス内。
高校生までの間は、異性と話すだけで周りに噂される、だなんてこともありがちだが、大学では恋人でなくても男女で過ごすことは、ここ一年大学で過ごして普通に見られる光景だった。私も、天草とはそのような関係だと勝手に思っている。彼氏ができてからは、さすがに二人で行動はしなくなったが。
だが、金城たちのように手を繋いだり、見るからに接触しているとさすがに目立つ。
しわのないシャツに洗練されたジャケットスタイルの金城に、ピンクと黒を基調とした愛らしいワンピースを着用した水谷さん。二人の組み合わせは異様な空気感があった。
その態度は、部室でも変わらなかったので、周囲からの視線は痛いものだった。
出来過ぎた金城の像が崩れていくようだ。彼が今まで二十年近く築き上げた努力や人望が、ビルの崩壊の如く、いとも簡単に。実際、あれだけ毎日キャンパス内で見かけた友人と一緒にいる金城の姿も、水谷さんと出会ってからは、彼女と一緒にいる姿しか見なくなった。
このままでいいのだろうか、だなんて今の私には考える余裕がない。
明日は手術日。他人の不幸で気を逸らして自分を落ち着かせる卑しい行為をするほどに、精神が不安定だった。
第三セメスター：六月
手術日当日。
朝から病院に向かった。もちろん一時間目から授業、という体で、母には伝えていない。
不幸中の幸いだったのが、私の誕生日が早かったことだ。すでに二十歳を迎えていたことで、手術も個人の判断でできるようになった。
手術費用は、保険が効かない。なので実費で払うしかなかった。
昨日中に下ろした十万円の入ったカバンを握りしめ、待ち合わせのホームまで向かう。
土屋さんの姿が見える。いつもよりシンプルな無地のパンツにジャケット。何度か付き添いで産婦人科へ行って、周囲が女性ばかりの待合室の為、彼なりに浮かない服を選ぶようになったようだ。
彼は、私に気付くと、軽く手を上げた。私は、愛想笑いをすると、目を落として隣に並ぶ。
就活や研究室で忙しい時期にも関わらず、今日は一日休んでくれた。いや、休んでくれた、という言い方はおかしいか。たまたま手術する身体が私なだけで、彼も同じくらい責任を感じる必要があるはずだ。
理屈ではそうとはいえ、感謝はしていた。
「今なら、中に出しても平気だよね」
ふと、先日彼に言われた言葉を思い出して顔が歪む。いつものように水曜夕方から会い、ホテルで過ごした時のことだ。
身体を重ねていた時の流れとはいえ、さすがに顔が引き攣った。よく妊娠させておいて、そんなデリカシーのない言葉が言えたものだ。
私は、次第に土屋さんとのセックスが苦手になった。責任を取るつもりもないくせに、その場の空気で、流れで欲に負けて、重い言葉を軽々しく言えてしまうのだから。
私は、勢いで口にする言葉は、基本本心だと思ってる。でなければ、咄嗟に言葉が出てこないはずだ。
母がそうだった。私が子どもだからと何か指摘すると、売り言葉に買い言葉かはわからないが、「子どものくせに」と毎回すぐに反論した。内心、子どもだからと見下していなきゃ出ない言葉だ。
大抵ケンカの時に後悔するのは「何であんなこと言ったんだろう」ということだ。犬は猫だ、だなんて屁理屈を口にする人なんていない。全く思っていなければ、頭の中にそのワードが備わっているわけがない。一パーセントでも思い当たるから引き出されるものだ。
だから、土屋さんがあの時言った言葉は本心だと思ってる。だから今回の件も、他人事だと思っていると感じられ、感情が冷めつつあった。
妊娠させた男にも、何か身体に変化が起こればいいのに。
子どもを授かるのはもちろん、生理がきたり、胸から母乳が出たり、ホルモンバランスが崩れたり、身体に変化が起こるのは、ほとんど女側だ。
男だって大変なんだ、と口にできる人は、わかっていない同類だ。身体の変化を経験していないくせに何が大変だというのだ。周囲からの目か？ 責任か？ 金銭か？ そんなもの女も同じだ。
生理の痛さを感じるか？ 授かった命を堕ろす全身麻酔手術の恐怖を感じるか？ ホルモンバランスでメンタルの浮き沈みがあるか？ そして責任を押し付けられる苦しさがわかるか？ ないはずだ。
まるで同じ土俵に立てていないことを理解していない。
だからこそ、わかりやすい言葉や行動で、相手をフォローすべきじゃないのか。
身体に変化が起これば、性犯罪は減るはずだし、もっと自分のことだと責任を感じられるはずなのに。
神さまは、何もわかっていない。
「着いたよ」
土屋さんの声で、ハッと我に返る。
目前には、何度か通った見慣れた産婦人科があった。
考えれば考えるほどイライラが増していた。メンタルがおかしくなっているとは自覚している。
だって、全身麻酔の手術が恐くないわけない。
私は深呼吸すると、病院に入った。
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