第五セメスター:四月➀



 四月。新入生歓迎会の時期がやってきた。
 このイベントは三度目。今年私たちは最上級生だ。

「天文部でーす」

「一緒に空を見ませんか~?」

 基本的に勧誘は二年生が中心だが、私も率先してチラシを配っていた。二回目となると慣れたものだった。
 私は後輩と一緒に、目についた人に積極的にチラシを配った。

「おいおまえら、青春しようぜ」

 天草は口に出すのも恥ずかしいほどにクサいセリフを言いながら笑顔でチラシを渡す。彼の陽キャな部分に引き寄せられるようにたちまち新入生が集まり始めた。

「青春したいで~す」

 新入生の三人組の女子グループが天草に声をかける。その声に天草はおっと笑顔で振り向く。

「まじかまじか。じゃ、ちょっとこっちで話そうぜ」

「きゃはは、ナンパじゃん~」

「ちげーよ」

 新入生と楽し気にやりとりをする天草を横目に見る。男女隔たり無く話す彼だが、後輩たちに少し浮かれているようにも見えて少しだけもやっとした。

――――男女の友情関係は、ないと思ってる。
 
 付き合う前に天草が言っていた言葉だ。今、話している後輩も、異性として見ているんだ、と考えると変に心がざわつく。

 天草が私に嫉妬したように、私も嫉妬しているのだろうか。
 正直、天草に嫉妬された時は申し訳ないという気持ちと比例して嬉しい感情もあった。それだけ愛されてると実感できる。
 だが、嫉妬する側になると、全くもっておもしろくない。

「空?」

 短く透き通る声が届いて顔を上げると、月夜がこちらを向いていた。無言で静止していた私を見ている。
 雪解けの春の暖かな日光を浴びる彼女はやはり美しい。

「な、何でもないよ」

 無意識に見惚れていたと気付き、頭を振り、切り替えて勧誘を再開する。

 通りかかる人たちにできるだけ笑顔でチラシを差し出していた。皆、初めての大学生活に心浮かれているような、ソワソワして緊張した面持ちだ。二年前の私もこんな風に浮かれていたな、と微笑ましく感じた。
 
 だが、その中で一人、俯き気味に歩いている細身の青年が目に入った。

 前髪は眺めで目元が隠れている。細身の猫背気味で、資料の入った紙袋を両手で抱え、ゆったり歩く人たちの隙間をぬうように歩いていた。
 緊張しているのか、サークルに興味がないのかわからないが、そのせいで勧誘の人たちは彼に誰も声をかけない。

 何となく、これはチャンスだと感じ、私はその細身の青年に近づいた。

「天文部でーす。一緒に空見ませんか?」

 そう声をかけながらチラシを差し出すと、青年は驚いたように顔を上げた。

 キューティクルの輝く長い前髪から、澄んだ瞳が覗く。白い肌に私よりも少し高いほどの華奢な背丈。まだおぼこさが残る顔で、新入生なんだなと感じた。女の子みたいにかわいい子だな、と内心思う。

「今週、新入生歓迎会で飲み会や花見、最終日には観望会もするよ。新入生は無料だし、よかったら来てね」

 警戒されないよう、できるだけ笑顔で話す。

 青年は、差し出されたチラシをジッと見つめ、そして窺うように私を見た。
 見つめられていることに歯がゆくなりつつも、目を反らすのは失礼だな、と首を傾げた。

「みんなで夜にドライブしながら山に行ったり、すごく楽しいよ。みんな楽しい人ばかりで、イベントもたくさん入ってるからね」

「……ありがとうございます」

 追加の説明に、青年はようやく軽く頭を下げながら反応を示す。か細い声でやっと聞きとれるほどの声だった。
 青年は、チラシを受け取ると、足早にこの場から離れた。私は、軽く首を捻りながら彼の背中を見送る。

「今の子、興味ありそうだったね」
 ふと、月夜が声をかける。

「え、そうかな?」

「だってあの子、他のサークルからチラシは受け取っていなかったし」

 そうだったのか。無表情で思考が読めなかったが、興味を持ってくれているのはありがたいものだった。



***

 次の日から花見、部活説明会、そして飲み会と例年通りに新歓イベントが続いた。
 その全てのイベントに、あの細身の青年が参加した。名前は、海老原 彗(エビハラ スイ)というらしい。

「今日も来てくれたんだね」

 部活説明会の際、ブースまで来てくれた海老原くんに私は対応する。
 彼は私と目が合うと、真顔のまま「はい……」と軽く頭を下げた。

「海老原くんは、法学部って言ってたよね。もう履修は決めた?」

「いえ、まだ迷っているところで……」

「なら、おすすめ教えてあげる。単位の取りやすい先生とかいるしね」

 私は、笑顔で指を振る。海老原くんは、長い前髪の隙間から澄んだ瞳をのぞかせ、こちらをじっと見た。無垢で純粋な瞳に映る私が妙に歯痒い。
 海老原くんは可愛い顔をしている。前髪を上げて姿勢を良くすれば、もっと人が寄ってくるだろうに。

 海老原くんは、いつも一人で参加する。未知の大学の新歓で一人参加は中々勇気がいるものだ。だが会話が苦手なのか、積極的に新入生たちとコミュニケーションを取ろうとしない。

 恐らく私が渡したチラシきっかけに気になってくれた貴重な存在だ。一人にしておくわけにはいかない、と妙な責任感が芽生え、私は新歓イベントでは、できるだけ海老原くんに声をかけていた。
 私たちが新入生だった頃を思い出しながら話題を振る。まだ履修期間である新歓イベント中に聞いた講義の話題が大変ありがたかったのだ。

「だからこの先生は、出席点あるけど学生証をかざしておけば、講義に出席してなくても大丈夫だよ」

 私は、いつの間にか講義の抜け道まで口にしていた。まだ汚れのない夢見る新入生になんてこと口走っているんだろうか。
 だが正直、話題がつきかけていた。

「講義って、先生によって全然違うんですね」
 
 海老原くんは、真剣な顔で頷く。純粋に聞いてくれている姿に少し罪悪感を感じた。

 結局、今日の新歓イベントもずっと海老原くんのそばについたままだった。
 私は天草のように自分から話題を振ることができず、楽しんでくれたか少し不安になる。だが毎回イベントに参加し、さらに彼からも口を開くようになってきた。
 恐らく入部してくれるだろう、と手応えも感じ始めていた。
 
「最近、おまえ、ずっと同じやつについてるだろ」

 部活終了ミーティング後。帰宅準備をしている際、天草は、無愛想な顔で言った。その言葉の裏にある感情が伝わったので申し訳なく感じる。

「だって、一人でいるからさ。海老原くん無口だし、誰も彼につこうとしないじゃん」

 新歓イベントは、言葉通り新入生を歓迎するイベントだ。私たち上級生の仕事といえば、いかに新入生に部活に入ってもらいたいと思ってもらえるか工夫することだ。そんなイベントで新入生に上級生が一人も相手しないのは問題がある。

 天草は部長の為、基本的に全体を見て回っている。当然、私が海老原くんについているのも把握していたのだ。

「わかってるけどよ」

 天草は唇を突き出して拗ねる。「今日も来るよな?」

 今日は火曜日。明日は休日の水曜日なので基本的に火曜日は天草の家に泊まりにいく。もちろん私もその予定で外泊準備をしていた。

「うん。もちろん」
 私は強く答えると、天草は満足気に笑った。

 部員のいなくなった部室内、天草は少し周囲を伺うように見回すと、私の顔を引き寄せてキスをした。

「嫉妬?」私は苦笑する。

「悪いかよ」

 天草は、何事もなかったかのようにカバンを肩にかけると、「じゃ、帰るか」と歩き始めた。

***