第七セメスター➀



 三年生の春休みは、もはやないに等しい。特に三月に入ってからは、本格的に就職活動が始まった。

 周囲も皆、就活モードに入る。どこの企業が良いだとか、説明会の話だとか。髪も黒くし、メイクもラメやグリッターは控え、大人しいカラーで仕上げる。
 周りに倣うように、私も地味めのメイクでリクルートスーツとカバンを身につけた。

 初めて企業の集まる就活イベントに参加した。参加者は皆、リクルートスーツを着用し、肩にかかる長い髪はひとつにまとめている。皆、私と同じような見た目をしていた。
 そんな光景を見て、少し吐き気がした。

 勧誘する人事部や浮ついた就活生の声で騒がしいイベント会場内を、私は顔を下げてフラフラ徘徊した。
 
 私は、星に関する仕事がしたかった。理系でないので、研究職は難しい。良くてプラネタリウムの解説員、なんなら天文台の清掃員とかでもいい。とにかく天体に触れる環境であればよかった。

 ただ、範囲が狭すぎる。虹ノ宮には天文台はなく、近くて隣町。天文部で訪れた施設はもちろん、土屋さんと行った天文台もチェック済みだが、現在は従業員募集していない。

 周りはバリバリ就職活動している。生きる為には、どんなことでも労働しなければいけないんだ。

「こちらで説明会のエントリーも可能です」

 どこからか届いた声で我に返る。ハッと顔を上げると、声の主と目があった。

 しわのないスーツを着用し、いかにも営業の社会人、といった雰囲気のある女性、壁のポスターを見ると、私も知っているチェーン店だった。

「あなた、ぜひ話だけでも聞きに来ない?」
 
 女性は笑顔で問いかける。私は顔を強張らせた。

 正直、全く興味のない業種だ。だが、今の私が周囲から完全に浮いているのは自分でもわかる。
 皆に置いていかれるのは嫌だった。

「ぜひ……」

 気づけば声をかけていた。
 それ以降は、私は目についた企業に次々エントリーしていた。

***

 
「それでは、今座っている席がグループになるので、議題について話し合ってください」

 壇上にいる社員がそう言うと、私たち就活生は皆、向かい合い、議論を始めた。
 手元の紙には、グループワークと記載されていた。割り振られた卓上にいる五、六人ほどで、進行役などを決め、議題について話し合うという。これも選考に入るらしい。
 説明会だけだと思っていた故に、やる気が削がれた。

「えっと……倉木さんでしたっけ、役職どうします?」

 同じ机を囲むうちの一人が私に問いかける。同じグループの人は皆、積極的に就活を行っているように見えた。私だけが明らかに浮いている。

「余ったもので、いいよ……」

 うっかりそう答えていた。近くにいた社員の人の目が光る。
 恐らくこの選考に通ることはないだろう、と自分でもわかった。就活サイトで目についたからエントリーしただけで、もはやどんなことをしている企業かすらもわからない。

 毎日のように説明会へ出向き、面接やグループワークを行う。
 皆同じような格好で、テンプレのような受け答えをする。意味の見いだせない討論だけで人間性が見られるというのか。
 どうしてもやる気が出なかった。

 気持ち悪い。自分でないみたいだ。

「内定、もらったよ~」

「あたしも、こっちももうすぐもらえそう」

 講義終了後、学内を歩いていると耳に飛び込んだ。
 就職活動が解禁され、二ヶ月経った五月。周囲では、ちらほら内定をもらった人が出ていてもおかしくない。
 それと同時に、焦りが出始めた。
 スーツの暑い夏までにはどうしても決めなければ。
 
 だが、受かる気がしなかった。皆と同じような履歴書を出して自分が伝わるわけない。だが奇をてらった内容でも通用しないことはわかってる。

 就活もあるが、講義もある。
 四年生まで講義を入れていると就活との両立が大変だ。部活もなく、就活がメインとなった今、講義のために学校に行かなければならないというのが面倒だった。

 だが行かなければならない。二年生の春に単位をたくさん落としてしまったので、四年生もしっかりと学校に通わなければいかなかった。
 自業自得だ。天草が一年生の時に言っていた言葉をやっと実感した。

「私、就活してないよ」

 久しぶりに会った月夜は、艶のある髪に高級そうな素材の服を着用している。耳にはきらびやかなピアスをしていた。

「やっぱ、月夜はしてないよね」

「長い時間束縛されて、給料も高くないし」

 彼女は、ナンバーワンキャバ嬢だ。拘束時間が長く低賃金の会社員なんて選ぶわけないと思っていた。

「でもさ……焦ったりしない?」

「何で?」

「周り、すごく就活モードじゃん。自分だけ就活してないって置いていかれた感覚になったり……」
 
 と、そこまで口にしたことで顔が強張る。以前も似たようなことを言っていた。 
 まっすぐ自分の道を歩く月夜を前にすると、他人と比べてる自分が情けなくなる。
 案の定、月夜は小さく息を吐く。

「前にも言わなかったっけ。今の時代、働き方なんて色々あるじゃん。正社員とバイトの違いって保険がつく違いだけで、給料なんてあまり変わらないし、社員に拘る必要もない。むしろバイトの方が縛られないし自由だわ」

 月夜は、淡々と言葉を並べる。

「それに、うちの仕事なんて若いうちしかできないでしょ。若いうちに稼げるだけ稼いでファイアするのもあり」

「月夜は偉いね……」

 芯の通せる彼女が眩しい。私もやりたいことがあるのに、その道が見つからず、周りに置いていかれないように必死に抗っている。

 これって私、なんだろうか。

***



 就活の始まった今では、天草と会う日も一週間に一回、それも外食程度となった。長い時で二週間近く会えない時もある。お互いに就活と講義、と忙しくしていたので、仕方なかった。

 会ってもほぼ就活の話題にしかならない。彼は私と違い、楽しむように就活をしているのだ。話が合わせられるわけない。

 久しぶりに天草の家に行く。今日はお互いに予定が空きだった。
 最近は就活の合間に外食、程度でしか会っていなかったので、何だか懐かしく感じる。それと同時に、当時感じていなかったありがたみも感じた。

 ここ最近は、外食が多めだったので、金銭的に出費が増えていたのだ。天草の家にいる時は、ほとんどお金がかからない。

「恒星、うちにくる?」

 天草の部屋でテレビを見ているときに尋ねた。アイスを食べている天草は静止する。

「うちって、おまえの家?」

「うん。いつも家こさせてもらってるから、たまには」

 少し罪悪感を感じていた。最近でこそ会える日は少なくなったが、今まで週の半分近くは家にいさせてもらっていた。だが家賃を負担して同棲しているわけじゃない。もちろん食費は出しているが、それでも家賃に加えて光熱費や水道代もかかるはず。

 外で会うより金銭的負担が少なくても、天草にとったらゼロじゃない。
 なので、たまには私の家で会うのもありだろう、と思っての提案だった。

「おまえん家って、実家だよな?」
 天草はおもむろに立ち上がり、宙を見回す。途端に挙動不審になった。

「うん」

「親御さんも、いるわけだ」

「そうだね」

「いいのか?」

 天草は、顔を強張らせている。私の親に会うのが気まずいのだろう。
 わかりやすく緊張している天草に、吹き出しそうになる。

「全然。むしろ歓迎してくれるよ。恒星のことは言ってるからさ」

「そうなのか!?」

 天草は声を張り上げる。そこまで不思議なことだろうか。

「だって、これだけ毎週泊まりに来てて、さすがに言わないわけにはいかないよ」

「た、確かにそうか……」

 天草は咳払いをする。「親御さんは、どんなものが好きかな?」

「手土産なんて別にいいよ。私なんていつもこんなんじゃん」

 露骨に改まる天草に苦笑する。天草はムキになる。

「下宿の野郎の家と彼女の実家に行くのはレベルが違ぇんだよ。さすがに手ぶらでは行けねぇよ」

「そうなんだね。ごめんごめん」

 私は肩を竦める。「お母さん、甘いもの大好きだから何でも食べるよ」

「お、お父さまはどんなのか……?」

 天草の言葉に、顔が強張る。何て、説明するべきだろうか。

「うち、お父さんいなくてさ」
 私は、できるだけ気丈に振る舞う。

「そ、そうなのか、母子家庭だったんか……」

 天草は呟く。どう反応すればいいかわからない。
 急に空気の変わった私を見た天草は、先ほどと種類の違う神妙な顔つきになる。「なんか、まずいこと言ったか?」

「ううん……大丈夫」

 そう口にするが、顔がうまく繕えない。どうしてこうも素直に感情が顔に出てしまうのだろう。こんなのでは、天草も気になるはずだ。

 長く一緒にいれば、いずれは知ることになるはずだ。だったら隠す必要はない。

 私は深く深呼吸すると、天草を見る。

「お父さん、私が高三の夏に、自殺したんだよね」

***