「はい、上がり」
蓮は、手に持った一枚のカードを山場に出すと、両手を軽く振った。
「ふざけないで! 何でまた蓮が一位上がりなのよ! 絶対何か、イカサマしてるでしょ!」
渚は猛反論する。その手には、両手で支えなければいけないほどに大量の手札が握られていた。
「何かこのパターン、前にも見たな」
はい俺も上がり、と祐介は『七』のカードを山場に出すと、手に持たれた残りの一枚を隣の渚に渡す。
再び手札が増えたことで、渚の手がプルプルと震え始める。
今日は土曜日。渚の提案で朝の習慣を終えた後、皆でトランプをしていた。
夏も終わり、外は気候の良い秋日和が続いているが、以前渚が宣言した我儘に付き合わされていたのだ。
ちなみに今は大富豪中で、ここは安定に私の部屋だ。
「渚、パス~?」
美子が、中々手札を切らない渚に尋ねる。その手には、カード二枚とメロンパンが持たれている。
「そんなわけないでしょ。こんなに手札があるのにさ!」
渚はやけくそに手札を掲げる。
「よし、Jバックだわ!」と叫びながら渚は『J』のカードを出す。
「わーい、これで上がりだ!」
美子は、手札から一枚『十』のカードを出して、残ったもう一枚を捨てる。
私は手札から『三』を一枚出してその場を流す。
あと残ったカードは『八』と『四』だが、これで私の勝利が確定した。
ものすごく視線を感じるが、顔を上げないように耐える。
淡々と『八』を出し、続いて『四』を出すと、「あ、上がり……」と勝利宣言をした。
その瞬間、渚が手に持つ手札を宙にばらまいた。
「何で、何でこんなにも勝てないのよ!」
渚は両手をジタバタさせる。
「何度も言ってるだろ。蓮は大富豪が強いって」
祐介は呆れるように言う。
開始して二時間経つが、いまだ終わる気配を見せない。
今回は「渚が大富豪になるまでゲーム続行」という無茶苦茶な条件があるからだ。
「蓮……少しだけ効力弱めてくれない?」
私は引き攣った顔で問う。
「そんなこと言われても」
蓮は澄ました顔で答える。「それに何か、こいつに負けるのは癪だ」
「薄情者!」
渚は拳を振り上げて喚く。
「こうなりゃ数で勝負よ。数打ちゃ当たれば、多数決は多数の方が有利なんだから! ということで何人か捕獲してきます」
渚はそう叫ぶと、慌ててこの部屋を去った。
私たちは、彼女の出ていったドアを呆然と眺める。
「あいつ前の時、人数が増えたことで勝てなくなったって言ってなかったっけ?」
祐介は素朴に問う。
「鳥頭だから覚えてないんだよ~」
美子はメロンパンに齧りつきながらさらりと毒を吐く。
数分後、廊下からざわざわと話し声が聞こえる。あきらかに以前よりも声の種類が多い。
私たちは無言で顔を見合わせる。
「何人連れてきたんだろ……」私は呟く。
「具体的な人数は言ってなかったな」祐介も苦笑する。
「確保したわ。さぁ、仕切り直しよ!」
渚はバンとドアを開けると、笑顔で報告する。
彼女の背後には、見知った顔がいくつもあった。
「また大富豪、やってるんだね……」
奏多は苦笑しながら言う。
「こんにちは~」
沙那は朗らかに笑いながら手を振る。
「偶然やから、仕方ない」
直樹は満更でもなさそうに言う。
「おうみんな集まってるやん! トランプとかひっさしぶりやな」
萌は意気揚々と言う。
「俺、結構得意なんすよ。見ててくださいね萌さん!」
瑛一郎は腕を掲げて得意げに言う。
「こりゃあ、数の暴力だ」
祐介は苦笑しながら言う。
粗方予測はできていたものの、さすがに十人で大富豪をやるなど聞いたことがない。
「こんな大人数、この部屋では狭いよ……」
私は引き攣った顔で言う。
「だったら人狼やるか! ラウンジ空いてたしあそこでも」瑛一郎は指を鳴らす。
今回大富豪を始めた目的は、「渚が大富豪になる」という内容である為、ただの娯楽として行っているのではない。いや、ただの娯楽ではあるのだが。
瑛一郎たちはそれを聞かされていないのか、本来の趣旨から全く逸れることになる。
だが、張本人は特に気にすることもなく目を輝かせる。
「人狼やりたい!」
「やるのかよ!」祐介は呆れながら突っ込む。
「だってこんな大人数でトランプやったら、手札五枚くらいになっちゃうよ」
渚は当然でしょ、と言わんばかりの顔を向ける。「それに楽しかったら良い!」
彼女の気まぐれ具合は、もはや安定とも呼べる。
だが、そんな嵐に巻き込まれるのは案外悪くない、と思っているところがあるのだろう。
祐介も美子も蓮も私も、特に反論することなく腰を上げた。
「今回は十人だから役職増やすか〜狂人とか、共有者とか」
「良いわね! 負けないわよ~」
そのまま私たちは、ぞろぞろとロビーへと向かった。
***
「リンくんから返信がないわ」
渚は頬を膨らませながらスマホを確認する。
休日の昼下がり、私と渚は寮内の廊下を歩いていた。
一ヶ月に一度、寮内の大掃除が行われる。それらの結果報告を寮長の元まで行った帰りだった。
「急ぎなのにすぐに確認しないとか、何してるのよ」
「急ぎってどんな?」
私は、特に関心を示さずに尋ねる。
彼女は、「一ヶ月後の締切」を「一時間後に締切」と表現するほどに、物事を誇張する癖があった。
「昨日テレビでやってた、コンビニスイーツジャッジ企画は見たかって」
私は怪訝な顔で渚を見る。
「だってあたしのお気に入りのシュークリームが全員合格だったんだから、しばらく売り切れるかもしれないでしょ。買い占めといてもらわないとさ!」
「そんなことでこき使われるマネージャーさんが気の毒かも」私は呟く。
以前も彼女の呼び出しで、マネージャーがこの寮まで来たことがあった。
「マネージャーさんも忙しいんだよ。前にここ来てくれた時も、打ち合わせ中だったって言ってたじゃん」
「あたしのお世話をすることがお仕事なのよ。あたし見放されているんだわ!」
渚はムキ—ッと拳を振る。
「でも、渚のことは常に考えてくれてるように見えるけど」
私はマネージャーを擁護する。「川で遊んだ時も、SNSで書き込みがあったからってわざわざ来てくれたし、渚のことを大事に思っていなかったらできないよ」
以前マネージャーがこの寮に来た時のことを思い出していた。あの時の彼は、心底渚を心配している様子だった。まるで割れ物でも扱うように彼女を大切にしている感情が見られたのだ。特に外見が厳格そうであるだけに尚更感じられた。
特にこの寮は、生徒以外の人物が入ることはセキュリティ的に難しい。保護者などが訪れる際も手続きが必要だったりするものだ。
マネージャーはその辺りもクリアし、且つ私の部屋まで辿り着いたことになる。
渚はしばらく考え込むと、不服そうに唇を尖らせる。
「リンくんにできないことはないから当然だわ。どんな場所でもくぐり抜けるし、情報網でいえば多分、祐介以上じゃないかしら」
渚は胸を張って誇らしげに言う。
「それだけマネージャーさんのことを認めているんだね」
自分が破天荒であることは、彼女自身理解しているのだろう。
だからこそ、周囲にフォローしてもらえる存在がいないと心細くなるのではないのか。
そこでふと、以前抱いた疑問を思い出す。
「…………だから渚って、祐介のことが好きなんだ?」
私は何気なく口にする。
祐介と美子の関係を知った際に彼女の取った行動を思い出していた。あの時の彼女は、瑛一郎が見てもわかるほどに嫉妬していた。
好きな相手だからツンツンしてしまう、というやつだろうか。
祐介は常に余裕な態度である為、年齢以上に大人に感じられる。彼女は知らぬうちにその空気に惹かれていたのではないのか。
だが渚は、鬼のような形相で私に振り返る。
「ありえないわ! あんな人の弱みばかり握ってるシスコンなんて!」
「そんな言い方しなくても」
私は苦笑する。「渚は同じ学年じゃないから知らないかもしれないけど、祐介って結構モテるんだよ」
一応フォローしたものの、渚はさらに眉間に皺を寄せる。
「もちろん幼馴染としては好きだわ。でも恋愛となるとまた違うものじゃない。付き合いたいのはイケメンだけど結婚したいのは優しい人、みたいな違いのように。それこそあたしはリンくんのような人に面倒見てもらう方が合っている」
「へぇ。じゃあ渚はマネージャーさんのような人が好きなのか」
「えぇそうだわ。リンくんはあたしの趣味嗜好を……」
と、ここで渚は静止する。そして静かに後ろを振り返る。
一応弁解しておくならば、今の発言は私ではない。