中間休み4



授業終了のベルが鳴る。

クラスメイトたちは、昼食を取る為に各々準備を始める。前座席の東と西久保は、菓子パンの入った袋を机に出すなり、莉世たちの方を向く。席替えが行われて以降、四人で昼食を取ることが日常となった。

「そういやさ、ずっと気になってたんだけど、北条ってどこ小なの?」

西久保は、いちごパンを齧りながら問う。「確か、南鼠でも北鼠でもなかったんだよね」

「そういえばそうだな。おまえも南の南雲と同じくよそモンか」東は、焼きそばパンを食べながら言う。

「馬鹿。藍河稲荷神社が家なのに、他府県なわけないでしょ」

「そういえばそうか。じゃ、きっと私立の良いところなんだな」

東は勝手に話を進める。「神社が家なんだから、きっとボンボンなんだ」

「ほんと馬鹿ね。だったらこんな公立学校に来ていないでしょ」

西久保は反論する。意外と冷静に分析する力があるようだ。

黙々と弁当に箸をつけていた北条は、静かに目を逸らす。

「…………白扇……」

「白扇!?」

東と西久保は大声を上げる。周囲の人たちも何事だと彼らを見る。

何故驚いているのかわからない莉世は首を傾げる。

「白扇って?」

「あ、そっか、莉世ちゃん知らないんだね。白扇は、虹ノ宮市内にある金持ち学校だよ。校門は金色で校舎は真っ白、それに噴水もあるらしい。やばいよね」

西久保は説明する。

「でも白扇って、小学校から大学まで一貫だったろ。なんでこんなところに」東は顎に手を当てる。

「家庭の事情」北条は、短く答えた。

金持ちの一貫学校を通わなくなった理由。今の彼の返答で何となく察したのか、二人はそれ以上追求しなかった。東は「ま、そんなこともあるよな~」と菓子パンの袋を大げさに破く。

「まぁでも、白扇行ってたなら、この学校なんて庶民的すぎんだろ」

「だよね。木造で結構ぼろいし」

「いや、むしろ馴染みがあって良い」

北条は表情を変えずに答えた。

北条は元々、金持ち学校の生徒だった。このクラスに馴染まない彼から漂う気品にも納得がいく。

「白扇ってテレビ局とかある都心にあったよな。藍河区じゃないんだから北条もいえば他所モンだ」

「家は藍河区を代表する観光地だけど」西久保は言う。

「白扇行ける人間なんて、俺らとは格がちげぇんだよ。だが、今は俺らと同類なんだ」

「猿と同類にされても」

「知らねぇのか。人間はオラウータンと遺伝子が九十パーセント以上合致するらしいぜ」東は反論する。

「とにかく北条も藍河区に来たからには、この街について知る必要があるんだ」

そう言うと、東は胸を反らして指を立てる。

「今週から始まるゴールデンウィーク。よそ者の北条と南雲の為に、この街を回るぞ」

「山と川しかないのに、紹介するような場所もないけど」西久保は肩を竦める。

「というか特訓はどうするんだ」北条は言う。

「あーもーうるせぇな。毎日頑張ってんだからゴールデンウィークぐらい休ませろ! これはおまえらの為なんだぞ」

「絶対サボりたいからでしょ」西久保は言う。

「休みも戦略の内だ」東はあっけらかんと言った。

今年のゴールデンウィークは、土曜日から五日間ある大型連休となる。

だが、父親は変わらず仕事で留守にすることから、莉世の家では特に大きな予定といったものはない。

せっかくの友人からの誘いだ。

莉世は、東たちの誘いに参加することになった。

☆☆☆



時刻は、午前十一時三十分。ゴールデンウィーク三日目の月曜日。

莉世は、東たちと会うために藍河稲荷神社へ向かった。神社までは、家から徒歩十分もかからない場所にある。ほぼ毎日通っていることから、今ではすっかり歩き慣れた道となった。

印象的な朱塗りの鳥居が現れる。周囲は観光客で騒がしいだけ、さすがゴールデンウィーク中の観光地だ。

鳥居の下に、すでに東と西久保の姿があった。東は、カラフルなパーカーにカーキパンツ、スニーカーと活発さが表れ、西久保は、薄いセーターに短パンと若々しさが感じられる。

普段は制服のまま神社に訪れていたことから、初めての私服姿が新鮮に映る。

「南の南雲、おっす」東は手を上げて挨拶する。

「莉世ちゃん。さすが都会っ子って感じ」

西久保は莉世を見るなり、素直に感激する。

「や、別にそんな関係ないと思うけど……」

淡い色のジャケットに花柄ワンピースと、ごくシンプルな服装でしかない。莉世は、大げさに手を振った。

莉世が二人の元まで辿り着いた後、鳥居の奥から北条が現れる。袖の広い羽織に袴のような形のボトムス、全体的に黒系統でまとめられていた。カジュアルさの感じられる和服だった。

さすが宮司の息子と言うべきか。全く幼さが感じられない。澄んだ瞳にハネのない艷やかな髪も相まり、本当に同じ中学生か疑いそうになる。

「で、集まったけどさ、結局今日、何するわけ」

西久保は東に問う。東は待ってましたと言わんばかりに腕を組む。

「それは着いてからの楽しみだ。今日一日、舵を切るのは俺だ。おまえらは大船に乗ったつもりでいとけ」

「沈みそうで恐い」

「うるせぇな。藍河区は俺のこーこー区域なんだよ。よし、それじゃー行くぞ」

そう宣言すると、東は面舵いっぱい、と腕を振って歩き始める。他の三人もしぶしぶ大船に乗船する。

航路は、神社の傍にある川沿いを進む。

「あ、ヤマンバ。今日はあの本持ってきたのか?」

東は問う。

「もちろんだよ。もう常に携帯してるっつうの」

西久保は得意気に術書を見せる。

今日はこの術書を使うような出来事は恐らく起こらないとは莉世は内心感じていた。初めての街探索であるものの、莉世の足取りはしっかりしていることが証拠だ。もちろん「悪夢」を見ていなかったからだった。

北条の鬼神である操の能力によって、いくつか気付いたことがある。

まずは、未来を視る内容は、悪夢だけではないこと。

直感が当たると感じていたのは、実際は夢で事前に視ていたから、という結論だ。

操の能力は、彼の創る空間の中に入ると、時間を巻き戻して過去の様子を振り返ることができるものだった。映像だけでなく思考まで、当時の自分に戻ったかのように確認することができる。それにより、視た夢の内容、その夢によってどのように行動したかを確認した。

ある日は、カレーを食べる夢を視た次の日の朝に、祖母に晩御飯はカレーだと当てていた。別の日は、学校の抜き打ちテストがあると夢を視た当日には、休み時間にテスト勉強をしていた。

何気ない行動で当時は気づかなくても、改めて見返すと夢で未来を視ていたから引き起こされた行動だと言えた。だが、些細なことまで含まれるので、現実では気が付きにくい。

自分の見る夢全てが未来であるわけじゃない。悪夢は衝撃が強い為にそれと判断はできるものの、晩御飯の夢なんてあまりにも平凡であるが故にそれが未来なのか、単なる夢なのかの区別が即時に気づき辛いのだ。

そして視た夢は、大抵「三日以内」に起こる直近の未来だった。

ここ数日、悪夢を視ていない。それどころか、病院の少女の一件以降、悪夢を見ていなかった。

莉世は顎に手を当てる。これはただの気のせいなのかはわからないが、悪夢を見る頻度が減った。

「悪夢」が「未来」であるならば、それほど物の怪の数も減っている、と示しているのだろうか――――。

「暑いな……」

ぽつりと呟く声で正気に戻る。

隣に顔を向けると、北条は陽を鬱陶しそうに額に手を当てていた。

「北条くん、黒い服だから特に熱を集めてるのかも」

「北条って、なんか大人っぽいよね。さすが、白扇行っていただけあるか」

前を歩いている西久保は、振り返りながら言う。

「そうだよな~。神社のボンボンだし、普通俺らなんかと違う次元の人間だろ」

西久保の隣を歩いている東も、こちらに振り返って会話に参入する。

「お~! やっと来たか、佐之助」

どこからか声が届く。莉世たちは、声の方向へ顔を向ける。陽の光を遮るように、川の高架下には、バーベキューを楽しむ若者たちで溢れている。

その中の一組がこちらに顔を向けて手を振っていた。中心にいるひと際手を大きく振っている人物は、心なし東に雰囲気が似ていた。

「あ」西久保は呟く。「猿のお兄さん」

「お兄さん?」

「おう。あのバカみたいに手を振ってる奴は、俺の兄貴だ」東は親指で指しながら吐き捨てる。

「探索するにも、まずは腹ごしらえするべきだろ。つーわけで、今から肉食おうぜ」

「い、いいの?」

「おうよ。あそこにいる兄貴らみんな、精肉店のバイトだ。全部兄貴らの驕りだかんな。遠慮すんな」

東は、胸を張って宣言すると、川沿いの雑草をひょいと飛び越える。莉世たちも、おずおず彼の後に続く。

東兄たちの元まで歩く。大学生ほどの男女の若者が十人ほど、網で肉を焼いている者もいれば、川に入って子どもと遊んでいる人もいた。

「お、和奏ちゃん久しぶり。美人になったな」

東兄は、西久保を見るなり爽やかに笑う。ナチュラルに吐かれた言葉に西久保は照れを誤魔化すように唇を噛む。そんな様子を、東は頬を痙攣させながら見る。

「結構まだ残ってんな。適当に焼いてくれよ」

足元にあるクーラーボックスには、漬けダレ肉の入った袋がいくつもあり、ソーセージ、ベーコンなどの加工肉、気持ち程度の野菜も備わっている。

「い、いいんですか……?」

莉世は恐る恐る東兄に問う。東兄は、莉世を見るなりにこやかな顔になる。

「あぁ。俺らはもう結構食ったし、遠慮せず好きなだけどうぞ。もし足りなかったらまた店行ってくるから」

「ありがとうございます……!」

莉世は素直に頭を下げる。そんな莉世に「佐之助にこんなに礼儀の良い友達ができるなんてな」と東兄は肩を竦めた。

「ようし、始めようぜ。おい北条、炭取ってくれ」

東は頭にタオルを巻くと、さっそく準備を始める。北条はしぶしぶ彼の手伝いをする。

「あたしたちは、お肉の準備でもしよっか」

「うん」

莉世と西久保は、クーラーボックスを漁り、袋に入った肉を取り出して準備を行う。

すでに腹ごしらえを終えた東兄たちは川へ入り、主婦グループと一緒に来ていた子どもたちと一緒に遊ぶ。

シンプルな服装に明るい茶髪、フラットな交友関係から自分たちとは違う大人な大学生と感じられた。

「あいつのお兄さん、全然猿じゃないでしょ」

西久保は莉世に小声で言う。莉世は苦笑しながら首を縦に振った。

香ばしい煙が上がる。肉が炭火に熱されるたびジュージューと食欲のそそる音が鳴った。

焼けた肉を箸でつまむ。ゴマダレに漬けられた濃い匂いが鼻孔を擽った。たまらずふーふー息を吹きかけて口へ運ぶと、自然と頬がほころんだ。

「お、お、おいしい~……」

頬に手を当てながら噛み締める。筋がなく、数回咀嚼するだけで溶けるほどに柔らかい。上質だとはっきり感じるものだった。

「さいっこうだよね~」

西久保も満足気に頷きながらほおばる。

「兄貴んとこの店、良い肉ばっかだからな。たーんと食っとけ」

東は、トングで肉をひっくり返しながら胸を張る。

「ほら、北条。おまえ細ぇんだからもっと食え」

そう言って東は、北条の持つ紙皿に次々焼けた肉を乗せる。

「さすがにこんなに食べれん」

北条はわずかに困惑しながら言う。

「体力をつけるためにゃ、肉は必要なんだぞ。おまえそれでも男か」

「僕は大食いじゃない」

珍しく困惑している北条が珍しく、西久保と目を合わせて笑った。

☆☆☆