中間休み7



時刻は、午後六時〇分。

近くの時計台の鐘の音が響いたことで、今日も特訓を終えた。

「じゃ、次はテスト終わってからだな。検討を祈るぜおまえら」つっても学校で会うけどよ、と東は言う。

「テストが危ないのはあんただけだっつうの」西久保は言う。

明日からの一週間は、テスト一週間前で部活動も停止される。それに合わせて特訓も休みになった。東が言い出したことだ。

授業を真面目に聞いている莉世や北条はともかく、意外と西久保も地頭は良いらしい。テストだからと慌てるのは東だけであったが、彼が言い出した特訓なだけに皆も従った。

「あ、そういえば気になってたんだけど、北条、あたしたちの名前、さすがに覚えたよね」

西久保は怪訝な顔で問う。突然の問いかけに、北条はキョトンとする。

「そうだそうだ。おまえずっと俺らのこと名前で呼ばねぇし、気づいてないとでも思ったか」東は加勢する。

「猿とヤマンバ」

「違う」西久保と東は同時に言う。

二人の反応に北条は僅かに頬を緩めた。莉世もつられて笑う。

だが、そんな莉世に東は険しい顔を向ける。

「南の南雲もだ。さん付けで呼ばれると、距離感あるんだよ」

「そ、そんな……」莉世は困惑する。

「そもそも『南の南雲』もどうかと思うけど、距離感あるってのはわかるかも」

西久保は苦笑しながら言うと、西久保は莉世にウインクする。

「あたしは結構『わか』って呼ばれてるから」

「す、少しずつ慣れていくよ」

拳を握って答えると、西久保は満足そうに笑った。

「はい北条。呼ぶ練習してみろ」

「東、西、南」

「いや、そうではあるけど」

あまりにもくだらないやり取りに、ふふっと自然と声が漏れた。

テストの終了する約二週間は特訓はないが、この一ヶ月毎日鬼神と練習していただけに、それぞれ力はついた。妙な勘で怪異を避ける東や、術書を扱える西久保は次、怪異と対峙しても、冷静に対処することができるだろう。

だが、莉世は、自分の夢について知れば知るほど違和感を抱くようになった。

「ま、でも学生の本分は学業だし、テスト頑張ろ」

分かれ道でじゃ、といつものように手を振って別れる。

今は夢のことばかり考えても仕方ない。まずは目の前に出された課題をこなしていかなければ。

中学生になってから初のテストであるだけ、莉世も気を引き締めた。

☆☆☆



時刻は、午後六時〇分。

時計台の鐘の音と共に感嘆の声を上げた。テストを終え、早速再開した神社内での特訓も終了した。

「あ~終わった終わった!」

東は両手を上げながら柵に腰掛ける。

「小学校と違って、テスト中マジの空気なんキツイわ。腹鳴らねぇかずっとヒヤヒヤしてたぜ」

「まぁ確かに、静かだもんね。当然だけど」西久保も反応する。

「でもテストも終えたことだし、今日からはしばらく怪異と戯れることに時間がさけるな」

「戯れるって」

「本当、猿って怖いもの知らずっていうか」西久保も頭を振った。

夕日が彼らを照らす。薄暗い境内も今ではすっかり見慣れた光景だ。

他愛ない話をしていたが、ふと北条がこの場にいないことに気づく。

「あれ、北条くんは?」莉世は周囲を見回す。

「ほんとだ。どこ行ったんだろ」

「あ、そうか」

何か思い出したのか、東は柵から腰を起こすと、どこかへ駆けていった。

残された西久保と莉世は首を捻る。

「どうしたんだろう……」

「ね、何だろ」

「おーいおまえら、ちょっとこっちこいよ」

そう言って東は、走っていった境内奥からちょいちょい手招きする。

莉世と西久保は、首を傾げながら東に近づく。

境内奥まで行くと、北条も角から姿を現した。

「どうしたの?」

「せっかくテストが終わったんだ。今日は街探索の続編ということで」

そう言うと、東と北条は境内を抜けて奥の細道へと歩き始める。

宛先に見当がついたのか、西久保は「あっそういえば、もうそんな時期だっけ」と言った。

「こら、言うんじゃねぇぞ」東は指を立てて言う。

莉世はいまだ何のことかわからず首を傾げる。

細道を歩く。隣に流れる広い川の水音がこの場まで届く。天を覆う木々の葉は光を遮り、一足早くに夜が訪れたかのようだ。だが、暗い夜道を皆で歩くのは、大人な気分が感じられ、無性に気分が上がる。

「なんか暗いとテンション上がるよね」

同じことを考えていた西久保は笑う。

「夜ってやっぱなんか良いよな~自然が多いこの街だから余計に」東も楽しそうに同調する。

北条も同意するように目を閉じる。

特別な夜を楽しんでいたが、そこでふと、話し声が聞こえることに気づく。顔を下げると、ふわっと眩しい蛍光色が宙を舞った。

「あっ! ホタル」

「そうだ。この時期になると、この神社傍の小川にすんげぇ数のホタルが来るんだ」

東は角を曲がると、こちらに振り返る。

「ほら、ここやべぇだろ!」

東の背景にある小川には、暗闇に眩しいくらいの蛍光色が舞っていた。音もなくふわりと舞えば、儚く消える。そして再びチカチカ点灯する。

小川の周囲には、ホタルを見物に訪れている人が何人もいた。

「ここ、本当にすごい数だよね」西久保は空を見ながら言う。

「この小川は、上流の水が流れていることでとても澄んでいるんだ。それに人も少ない。環境が最適なんだろう」北条は説明する。

「俺、毎年この時期ここ通るたびに思ってたけど、ほんとすげ~よなぁ。北条が羨ましいぜ」

東も感傷に浸りながら呟く。

莉世もホタルの数に目を奪われていた。ちょうど昨年もこの時期にここでホタルを見た。あの時は一人だったが、一年経った今では、仲間と一緒に見ることができている。そんなちょっとした幸せを感じて胸が温かくなった。

「良い街だね」無意識に口にしていた。

莉世の言葉を聞いた東は、満足気な顔になる。

しかし、すぐに目線を下げて「でも、知ってるか?」と、やりずらそうな顔をする。

「ホタルの光って、死んだ人たちの魂でもあるんだぜ」

「あたしも日向っちに聞いた。呪石に封印されている妖狐のせいで、この街でこれだけの人の命が奪われたって。それだけやばいやつだったみたい」

西久保も感傷に浸るように苦笑する。

「辛いよね。こんなにもたくさんの命が、たった一匹の物の怪によって奪われたんだ」

こんなにも綺麗な光を持った人たちが、これだけ亡くなってしまった。

その現実に、莉世は何も言えなくなった。

――――パパ、いかないで……

――――……大丈夫だ。すぐに帰るから。ママには内緒な

何だ、この記憶は。

いやこれは記憶なのか? 夢なのか?

――――普通の人間に、なりたい

――――普通の人間に生まれ変わって、こうして――――くんとまた出会いたい



いつの間にか、周囲は白い霧に囲まれていた。

「あれ……皆、どこ……?」

莉世は彷徨う。東たちや先ほどまでいた観光客の姿がない。慌てて周囲を見回すと、霧の奥に白髪の青年が立っていた。落ち着いた色の和服を着用し、ストールが風になびく。

白髪の青年は、柔和に笑いながら莉世を見つめる。

「過去に、これだけの数の命が奪われたのは事実です。そして、このままでは再び悲惨な未来が訪れ、人々の命が奪われてしまう」白髪の青年は、寂しそうに笑う。

「魂と運命は廻り続けているのです。ですが、今ならまだ未来を変えられる可能性があります」

白髪の青年の口ぶりは、まるで人生を一周したかのようだった。酷く辛く、酷く悲惨で、酷く目を疑う。

そして酷く悲しい過去を経験したかのようだ。

そんな彼と、以前どこかで出会ったことがあるかのような錯覚に陥る。

――――……は、私よりも先に死んだりはしないよね

――――しませんよ。僕は人間よりも遥かに長い時を生きられますから

――――だったら、安心

――――どうしてです?

――――もう、大事な人が目の前で死ぬのは嫌だもん

この記憶は、いつの記憶だ?

これは夢なのか、現実なのか?

何もわからない。何も知らない。

でも、どうしてだろうか。

この白髪の青年のことは、忘れてはいけない大切な存在だったはずだ。

いつの間にか、莉世の目からは涙が溢れていた。

そんな彼女の顔を見た白髪の青年は、僅かに困惑の色を見せる。

「何故……」

「あなたが、辛そうな顔をしているからです」

莉世の言葉に、白髪の青年の顔から笑顔が消えた。

「私には未来を視る力がある。なのに、どうしてあなたは、夢に出てこないのですか……?」

莉世は涙を拭きながら問う。

「それは」

白髪の青年は目を逸らす。「本来私とあなたは、出会うべきではないからでしょう」

この先はもう、会えないということなのだろうか。胸が圧迫される。虚しさから心に大きく穴が開いた気分だった。

黙り込んだ莉世を白髪の青年は一瞥すると、小さく息を吐き、頬を緩める。

「ホタルの光は、死者の魂とも言われますが……こんな風にも言われるんですよ」

白髪の青年は宙に手をかざす。

「愛しい人を想い焦がれる恋心……。儚くて切なくて、そして美しい例えです」

そう言うと、白髪の青年は背中を向けてどこかへ歩き始める。

「ま、待ってよ!」

莉世は叫ぶ。しかし、いつの間にか白髪の青年は消えていた。

いつもそうだ。待ってほしいのに待ってくれない。

いつも私を置いていく。一人にしないで――――

「莉世ちゃん……?」

いつの間にか霧は晴れ、目前には三人の不安気な顔があった。

はっと我に返る。莉世は頬に伝う涙を慌てて拭った。

「ご、ごめん……ちょっと、悲しくなってしまって……」

「だよなぁ。これだけの人間が死んだって思うと、相当だよな」

東は口を歪めて言う。「でもさ、こうして見ているだけで、なんか見届けてる感覚にならねぇ?」

「確かに。ホタルの寿命も二週間くらいって言われているしね。もし死んだとしても、こんなにたくさんの人たちと一緒なら、寂しくないかも」

西久保も頷きながら言った。

二人が話す中、北条はじっと莉世を見ていた。

美形の彼に泣き顔を見られたことに恥ずかしくなり、顔を逸らす。

「……この世界では、環(タマキ)の好きにさせない」

「環?」

「僕が、命をかけても護るから」

北条は強く言う。まっすぐ放たれた彼の言葉に、莉世は息を呑んでいた。

「北条くんって……」

そこまで口に出るが、北条がいつになく優しい目をしていたので、言葉が続かなかった。

【中間休み】 完