風呂を済ませた後、自室へと戻る。
いまだ新品の香りのする机の上に、授業では使用していないまっさらなノートを広げた。
入学式から約二ヶ月。怪異を信じていなかった人間が、怪異を浄化するまでに至った。あまりにも情報が多いことから、授業の復習をするように、ノートに書き出そうと考えた。
テスト週間も、板書だけでなく、先生の発言も詳細にまとめていたことで、焦らずに過ごすことができたものだ。真面目な莉世らしい行動だった。
ボールペンを握ると、おもむろに文字を書き始める。
・「怪異」は、科学で証明されない現象または存在。全てが悪ではない。
・「物の怪」は、怪異の中でも人に害をなす存在
・呪石に封印されている妖狐の名前は「環」
・「浄化」は物の怪を消すこと、「封印」は物の怪を閉じ込めること
基本的なことからまとめ始めた。書き出して気がついたが、「封印」するだけでは物の怪は生き続けている。環の妖力がいまだ漏れているのも納得できた。
妖力を減らさなければ、環を「浄化」することができないとは、実際この目で呪石を見て感じている。
その流れで、環や呪石についてもまとめた。
・環は昔、虹ノ宮市の人々をたくさん殺した
・呪石が割れたことで妖力が漏れ出し物の怪が増えた
・環を浄化するには、物の怪を浄化して妖力を削る必要がある
・呪石を見張っているのは、北条家に仕える鬼神
昔、環がこの街で暴れたことで、ホタルの数ほどの人間が亡くなったとは色々な人から聞いている。
その被害者の中には、自分たちの特訓の相手をしてくれている「鬼神」も含まれているんだ。
・鬼神は全員で十二人。北条家に仕えている
・鬼神は元々人間だったが、環に殺されて生まれ変わった
・特殊能力を所持するが、物の怪を浄化することはできない
・鬼神は、結界により藍河稲荷神社の外に出られない
鬼神は、己の使命を全うする「神」だと彼らは言った。とは言うものの人間ではないことから、科学では証明されていない「怪異」に分類される。そのお陰で霊感の無い東には見えていない。
怪異といえば、もう一つ重要なことがある。
・狐面の少年の正体は、怪異を憑依した北条
・狐憑きは、北条家を護る為に代々伝わる呪術
・憑依できる霊獣は、藍河稲荷神社に仕えてきた狐の霊獣
・霊獣の中で、自分を知るものがいる
そこで手が止まった。
今日、この話をした時、あの白髪の青年が姿を見せた。そして彼は、自分の未来予知の能力のことを知っている。
莉世自身、彼のことを知っているかのような感覚になっていた。
「もしかして、北条くんが言っていた霊獣は、あの白髪の青年……?」
しばらく思案するが、解答が見つからず次へ進む。
・白髪の青年は、パパと知り合い?
・白髪の青年は、人間ではない?
・白髪の青年は、未来が視える?
・白髪の青年は、自分とは会うべきではない存在?
全ての文にクエスチョンマークをつけてしまった。
莉世から見た見解でしかなく、実際彼が何なのか全くわかっていない。だが、胸が痛んだ。会うべきでないとは、一体どういう意味なのだろうか。
それに、ホタルを見た時のこともだ。あの時の自分は、突如「何時か」の映像が脳内に流れたことで、感極まって涙が溢れた。あの時の映像は、一体――――
最後に、一番重要なことをまとめ始める。
・私には、未来を視る力がある
・未来は、夢で視て大抵三日以内に起こる
・覚えていなくても身体は覚えており、直感が鋭くなっていた
・音や空気、匂いは鮮明に覚えているが、映像に違和感がある
・夢の中には、白髪の青年と狐面の北条は出てこない
夢を視るたびに感じる違和感。北条にも言及されたことだった。本当に、自分は未来だけを夢で視ているのだろうか――――
一旦ペンを置く。書き出したことで改めて難解だったんだなと感じた。決して自分の頭が弱かったわけではない。
だが、脳内に溜まっていたものを外に書き出したことで、少しだけスッキリした気分だった。授業のノートを綺麗にまとめることができたような感覚だった。
――――あたし、北条のことが好きなの
不意に思い出した。莉世も、北条のことは好きだ。だけどそれは仲間としてであり、決して西久保のような恋愛感情ではない。
だが、どうしても西久保が北条を好きだと認めたくない感情が潜んでいた。北条を取られたくないと思っていた。どうしてだ。私は北条のことをあまり知らない。だが、彼がどこかに行ってしまうと考えただけで煮え切らないドロドロした感情が駆け巡る。
私は、本当に北条のことを知らないのか――――?
「何なんだろう……」
頭がショート寸前になったことで、机に突っ伏した。
それからも、学校生活は変わらず送っていた。
西久保は楽しそうに北条に話しかける。北条は、彼女を特に嫌がることなく相手をする。そんな二人を東は煩わしそうな目で見る。莉世ももやもやしながらも西久保に会話を合わす。できるだけ表情に出ないように堪えるのに必死だった。
普段と変わらない平穏な日々が繰り返されていた。
しかし、未来は予想できないものだ。いや、予想できるものこそが夢なのだ。
その悪夢は、突如訪れた。
★★★