話を終え、東は帰宅した。
父親が話してくれたことで、莉世の中で安心感が生まれた。それに、昔活躍した陰陽師の生まれ変わりだなんて、父親がさらに特別な存在に思えて誇らしい。
風呂や夕食を終えて部屋に戻ると、スマホにメッセージが届く。学校には持参できないことから、今日初めてスマホを触る。
送信相手は、西久保だった。
「に、西久保さん……」
妙に胸騒ぎがしてメッセージを開く。
『莉世ちゃん。体調大丈夫?』
何気ない内容であるだけ胸を撫で下ろす。莉世は返信を打ち込んだ。
『大丈夫だよ。今日学校も行ったし。西久保さんも体調どう?』
『うん、平気だよ』
すぐに返信が来る。返信を打ち込んでいると、『莉世ちゃん』とメッセージが続いて届いた。
『昨日さ、神社に行った?』
手が止まった。
莉世はどう答えるべきか悩んだ。西久保が何故、いきなりこんなことを聞いてきたのか見当がつかなかったのだ。
だが、正直に言うことも躊躇った。「北条に悪夢を聞いてもらいたかった」と文字で伝えたところで、変な風に勘違いされても困る。ただでさえ、あの時の北条の行動から後ろめたさを感じていたのだから。
莉世は、無意識に額を擦りながらメッセージを打つ。
『特訓お休みだったし、行ってないよ』
できるだけ簡潔に、平然とした文調で返信した。対面だと確実に誤魔化せていないはずだ。
すぐに通知が届き、メッセージを開く。
『嘘つき』
「え?」背筋が凍った。
『あたし昨日、神社の中で北条と莉世ちゃんが話してるところ見たんだけど』
続けて送られてくる。全身から血の気が引いた。
「え、何で……西久保さん、神社にいたの?」
慌ててメッセージを打つが、何と返すべきか悩んだ。フリック入力も慣れていないだけ時間がかかる。その間にも、西久保から次々メッセージが送られる。
『あたしのこと、協力してくれるって言ったのに』
『やっぱり莉世ちゃんも北条が好きだったんだね』
「ち、違う……私は……!」
『好きじゃないよ』
やっと打てた文字がそれだった。考える間もなく送信すると、すぐに返信が届く。
『でも、キスしてたよね』
全部、見られていたんだ。
私は何で、気が付かなかったのだろう。思い返せば気づけたかも知れない未来、それなのに盲目だった。
『ねぇ、話そう?』
『ちゃんと説明するから』
そう送るが、西久保から届いた返信は一言だった。
『最低だね』
その文を最後に、西久保から返信は来なくなった。メッセージを送っても、既読すらつかない。
莉世は、唖然と立ち尽くす。
ただただ、申し訳なかった。西久保が北条のことが好きだと知っていたから、後ろめたく感じた。
言わなきゃバレないと思った。顔が見えてなければ誤魔化せると思った。そんな浅はかな行動で、初めてできた友達を傷つけてしまった。
はっきり言えばよかっただけなのに。どうして私は弁解することができなかったんだろうか。
下のテレビからは「皆既月食始まりましたね~」と陽気なリポートが聞こえるも、莉世の思考は固まったままだった。
◇◇◇
時刻は、午前一時四十五分。
分厚い雲が重い夜を醸し出す。皆が月食で見上げている夜空を、何者かが可憐に舞った。
豪華な装飾の施された着物からは、九尾が覗く。白い肌に黒漆の長い髪が映える。妖艶な若さの感じるその女性は、誰もが目を惹くほどの絶世の美女だった。
環は、適度な建物の屋根に着地すると、懐かしむように虹ノ宮を見下ろす。
久しぶりに見た世界だか、あまりにも変化していない。封印される前と変わらない街に、環は落胆した。
「妾の眠っておった百年間、人間は何をしておったのじゃ……」
長年自分を見張っていたであろうあの人間たちもぬるいものだった。……いや、違うか。翼の生えた人間や、氷を操る人間はいない。あいつらは人間ではないのか。炎の奴は少々手間がかかりそうだったが。
怪異ならば、尚更呆れる思いだった。
少なくとも、『あの女』以外は――――
ギリッと歯軋りをする。フツフツと怒りが湧き上がるも、辛うじて堪らえて飲み込む。
気を紛らわす為にも、再び街を見下ろした。
「しかしなぁ……妾のかわいい子どもたちは、ほとんど消えてしまったか」
街から自分の妖力が感じられない。ほとんど浄化されたのだろう。自分を本格的に浄化するためにも。
環はしばらく無言で街を見下ろす。中々仕掛けてこない「奴」に嫌気も差していた。
もう、余興も終わりだ。
「……そこか」
環は視線だけで位置を把握すると、腕を軽く振った。それに合わせ、隣の屋上のドアがドォンと激しい音を立てて崩れた。
下からザワザワと声が聞こえる。人間が驚き騒いでいるのだろう。顔を向けて確認するまでもない。虫ケラは虫ケラらしく、湧いていれば良い。
モクモクと煙の立ち込める中から、一人の少年が姿を現した。
白い狩衣のような衣服を着用し、神聖な空気を纏っている。狐面の付けられていないその目には、全知を見通すほどの鋭さを秘めていた。
姿を現したのは、憑依した北条だった。間一髪避けたのか、その身体に怪我は見当たらない。
「昨日からずっと妾をつけておっただろう。スキを狙っていたようじゃが、少々殺気を隠せておらん」
環は、カラカラ笑いながら言う。北条は、険しい顔で環を睨む。
環と対峙できる人間は早々いない。大抵は逃げ出すか、その場で息絶えるかだ。下級の人間は自分を見ただけで過呼吸に陥り、その場で息絶えるという伝聞もあった。しかし北条は、子どもでありながら環から目を逸らさない。
この小僧も中々良い器だな、と環は内心思った。
だが妙な違和感を感じた環は、目の色を変える。
「何か憑いているな……それも、どこかで出会ったことがあるか……」
「私は」
北条は、口を開く。「音葉の息子、でした」
その返答を聞いた環は、高らかに笑った。
「ははは……! あの女に捨てられた息子か! どうりで嫌な匂いがすると思ったわ。これは愉快じゃ」
「おまえの望みはなんだ」北条は、冷静に問う。
「音葉と春明の魂が再びこの街に廻された時におまえは反応した。そして手下を生み出した。力も蓄えていたのだろう。再び過去と同じ運命を辿るつもりなのか」
「あんな疲れることには、興味がないわ」
妾も歳だしな、と環は心底興味がなさそうに切り捨てる。北条は目を鋭くして注視する。
「ただ、妾は復讐したいんだよ、『あの女』に――――」
その瞬間、北条の顔が歪んだ。
「お主に構ってる暇などない。良い器を見つけて、さっさと目的を果たすだけじゃ」
環はふわりと飛び上がり、この場を去った。
◇◇◇