昼休み3



「邪魔だ!」

環は尻尾を振る。だが東は全く動じず、環に近づく。

八つ裂きにするつもりで振り回しているはずなのに、東にかすり傷すら負わせられないことに環は違和感を抱く。

「攻撃が、当たらない……?」

突如、圧迫感を感じた。東は西久保の身体を力強く抱き寄せていた。

キインと五芒星の魔法陣が浮かび上がる。

「何だこの男……力が入らん……!」

「俺は、怪異の影響を受けない」

「何だと……?」

そんな体質の人間、聞いたことない。だが現に身体が拘束されて身動気が取れない。

まるで、封印された時のような感覚だ。

思考が入り乱れる。東により、環の力が抑えられたことで、西久保も意識を取り戻した。

――――

全身に激痛が走る。いつの間にか負った傷に、さらに東にキツく抱き締められていることで痛みが増す。

「さっ猿! 離して! 痛い!」

「離さねぇよ。おまえが嫌だって言っても離さねぇ」

「何なのよ、皆みんな、何で邪魔をするの……!」

感情が入り乱れていた。全身の痛みと東の体温、嫉妬、恐怖、感情がぐちゃぐちゃに入り乱れて混乱する。

「あたしの気持ちなんてわからないくせに!」

「わかるよ」

「わかるもんか!」

「わかるっつってんだろ!」

東はさらに力いっぱい抱き締める。胸がさらに圧迫された。

「俺はずっとおまえが好きだったんだからよ!」

カッと目が熱くなった。高ぶっていた感情も、水がかけられたかのように勢いが急速に沈下する。

それだけ聞き捨てならない言葉が耳に届いた。

「猿……?」

西久保は呆気にとられる。抱き締められている腕の力がより一層強くなった。

「誰にだってあるんだよ……嫉妬の感情ってもんはよ」

☆☆☆



遅れて、日向と操、左門、八角、斑、乱丸の鬼神六人が莉世たちの元に辿り着く。

「おまえら……何故?」

北条は鬼神を見るなり、目を丸くする。

「我々にもわからんが、急に結界が解けた。松風がすぐに駆けつけたはずだが……って莉世、その身体!」

日向は莉世を見るなり、顔を強張らせる。

鬼神が駆け付けたことに気づいた環は勢いよく東を突き放す。咄嗟のことで東も思わず腕を離す。

「クソッ、この器はもう厳しいか……なら……!」

西久保がそう呟くと、尻尾を振った。皆臨戦態勢を崩していたことで、反応が遅れる。

目前に何かがよぎる。

あ、と気付いた時には遅かった。

「莉世!」

何者かの声と共に、思考が静止した。

西久保の尻尾が、北条の身体を貫いた。

☆☆☆

目前には父親が、そして自分の腕の中には北条が倒れている。その奥に鬼神たちの焦燥感溢れる顔が並ぶ。

莉世の中で、プツンと何かが切れた。

「まぁ所詮、器はこんなものか」

そう言うと、西久保の身体からズルリと環が抜け出した。力なく倒れ込む西久保の身体を、東が支える。

「てンめェ逃がすかよォ!」

乱丸は、脊髄反射で飛び出す。手に火を掲げると、血気盛んに追った。

操は北条と西久保に手を翳し、傷の進行を阻止した。

その場にいるのは、乱丸以外の鬼神、莉世と北条、東、西久保、そして息絶えた秋晴だった。

「蒼!」松風は、動揺しながら叫ぶ。

「僕は……いい…………環を……」

北条は、声を掠れさせながら指示をする。だが、松風は北条を見たまま動かない。

「松風」

日向は感情を抑えた声で切り出す。「我々の中でおまえが一番速い。蒼は私が見る」

松風はしばらく黙り込むが、やがて悔しそうに顔を歪めると、翼を広げて環を追った。

「操。時間は」日向は問う。

「…………十」

操は、僅かに眉間に皺を寄せながらボソリと答える。

「……そうか」

日向は短く答えると、憐れむように目を閉じた。

莉世は、頭が真っ白になっていた。

このままでは、北条も死んでしまう。自分にできることは、何なんだ。未来がわかっていながらできることは、何なんだ。

はっと西久保を見る。その身体には大きく傷が入り、肩で息をしていた。操に時間を止められて悪化は防いでいるものの、疲労は感じられた。

莉世はおもむろに立ち上がる。無意識に一歩一歩と西久保に近づく。

異変に気づいた東は、莉世に寄る。

「南雲、おまえ何を……」

「……たきよ」

「え?」

「パパと北条くんの仇よ!」莉世は再び全身から光を放つ。

「やめろ!」

その瞬間、プツンと電気が切られたかのように視界が暗くなった。

☆☆☆



音もなければ、風も感じない。

凛とした空気が、莉世の思考を冷静にさせた。次第に視界も戻りつつあった。

先ほどと同じ場所であるのに皆動かない。瞬きもしなければ、呼吸も止まっているかのように静止している。時が止まったようだった。。

操だけは状況を把握するよう周囲を見回している。

「操さん、これは……」

操の空間のように、時間の経過が感じられない。

だが、操も首を傾げる。状況が読めていないようだ。

「おっと、そう言えば操さんは、時間の能力を所持されていましたね」

混乱している中、白髪の青年がふらりと姿を現した。いつもと変わらぬ落ち着いた和服にストールの巻かれた洗練された佇まいだった。

「危ないところだったので、時間を止めさせていただきました。これは、操さんのように『神』に与えられた権限です」白髪の青年は、軽快に切り出す。

操も、傷の進行を止める為に時間を操作できるのだからおかしくはない。時間を戻して、過去を見ることだって……

――――あれ、過去を見ることができる。

時間を戻せる……?

だったら、それなら

「時間を、操れるんでしょ……」

莉世は、身体を震わせながら言う。「だったら、パパを元に戻してよ」

操と白髪の青年は、静止する。

「時間を戻せるんでしょ……だったら簡単なことじゃない……パパを……パパを生き返らせてよ……! それに、北条くんだって死んじゃうかもしれない……!」

北条を抱えながら必死に訴える莉世を、白髪の青年は哀愁漂う目で見つめる。

「莉世さん……私や操は時間を『操る』だけです。時間を戻したところで再び同じ運命を辿るだけ。過去に介入できないことは君も知ってるでしょう。結果は変えられない」

操の能力である「時間」は、時間を巻き戻して過去を見ること、そして時間の流れを変えることだけ。

一秒進む時間を百秒にすることはできる。時間を緩やかにして止めることもできる。

だが、時間を巻き戻して過去を見るのは、あくまで上から見下ろすだけだ。自分はその場にいけなければ、過去の人物と話すこともできない。神視点のように全体を観察するだけ。過去を変えることはできない。ただ同じ時間が流れるだけだった。だから時間を止めることはできても、時間をなかったことにすることにはできない。父親を生き返らせるだなんてことができるわけない。

特訓の時に教わっていたことで、莉世も頭では理解できているはずだが、それでも縋りたくなった。

莉世は力なく地面にうな垂れる。

白髪の青年は、莉世に近寄ると、腰を下ろした。

「この運命は、過去に起こった運命と同じ道を辿っています。太陽と月が数十年に一度重なるように、運命と魂もまた、重なる時があるのです。最悪なことに、今は過去の環の騒動と重なってしまったのです」

莉世は、相槌を打つ気力もなく、話を聞く。

「輪廻転生の話は蒼から聞いたでしょう。人間の魂が巡るように、運命もまた同じように廻っている。魂と運命が重なることを避けるのは、神である私ですら不可能でした」

白髪の青年は、地面に倒れる秋晴と北条を悔しそうに一瞥する。

「このままでは、再び同じ運命を辿ることになります。ですが、私はこの運命から抜け出す一つの方法を持ってます」

「それなら……!」

莉世は飛び起きるように反応する。一縷の望みの秘めた瞳に、白髪の青年は寂しそうに目を細める。

「ですがその前に、あなたに全てを知っていただきたいのです」

そう言うと、白髪の青年は、「操さん」と声をかける。操は警戒しながらも白髪の青年に近づく。

「あなたもご存知の通り、彼の能力は『時間』。時間を巻き戻して過去を見ていただきます」

莉世の思考は、徐々に落ち着く。それだけこの白髪の青年の声には、安心感を抱く何かがあった。

以前にも抱いた疑問だが、私はこの人とどこかで会ったことがあるのだろうか。

「これから視るものは全て現実です。現実であることを受け止め、そして夢現状態から抜け出しましょう」

操が右眼をカッと開けた瞬間、別空間の中に入る。

視界が真っ暗になるが、次第に脳内に映像が浮かび始めた。

【昼休み】 完